2009年4月 5日 (日)

国会請願

3月31日に署名提出

これまでに集まった約9万筆の署名を28人の紹介議員(多くは厚生労働委員会の先生方)のもとに提出してきました。紹介議員によって衆参両院に提出され、法律の早期制定が請願されることになります。

31日は10時30分から国会内集会。昨年の救済法成立の時に尽力いただいた議員はもちろん、今回も党派を越えてたくさんの議員がお見えになり、法律制定への意欲を語られました。

その後3団体で手分けして紹介議員に署名を持って「一日も早く法律を作ってください。」とお願いしてきました。やっと与野党協議もはじまり、翌日の厚生労働委員会では肝炎問題が質問されています。今国会でぜひとも成立させて欲しいものです。

国会請願は盛り上がったのですが、夕方から始まった民主党の肝炎対策会議でがっくり。「根治目的でない治療には助成できない。他の疾病との兼ね合いがあるので肝臓病だけ特別扱いできない。」こんな言葉の繰り返しでした。医療行為による感染は国の責任ではないか、と主張する私達とは議論はどこまでいっても平行線でした。相変わらずの官僚の答弁にイライラ。やはり国の責任を明記した法律でなければと強く思いました。

     でこぽん

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2009年2月25日 (水)

野党案提出

報告が遅くなりましたが、先週20日に提出されました。

20日は野党による報告集会と記者会見のために東京へ。野党4党による特定肝炎対策緊急措置法案が衆議院に提出されました。前回の民主党案は昨年3月に協議打ち切りとなり、その後廃案となっているだけに今回の法案はぜひとも成立させて欲しいと思っています。

国の責任が明記されており、インターフェロン治療費とB型肝炎の抗ウイルス薬の助成が盛り込まれました。インターフェロンの自己負担額は0、1、2万円となっており、現在の1,3,5万円より大幅に負担額は軽減されています。この助成が実現できれば今より多くの患者が治療を始めることができます。救われる命は確実に増えるのです。

といっても、まだ提出されたばかりで先行きはわかりません。与党は協議を始めるつもりがあるのかもまだわかりません。こうしている間にも私達患者の病状は確実に進行し、悪化しています。1日に100人以上の大切な命が肝硬変、肝癌で失われています。先日も熊本でずっと一緒にやってきた患者さんの病状が思わしくない、と連絡がありました。彼女のために何もできない自分が情けなく、申し訳ない気持ちで一杯です。なぜ国は苦しんでいる国民を助けないのか。怒りがこみ上げてきます。

命の時間があるうちに、少しでも患者に希望を持たせてほしい。命は待ってはくれないのです。

           でこぽん

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2009年2月19日 (木)

昨日と明日のこと

昨日は患者救済法案の一日も早い国会への提出をお願いに行ってきました。

国民新党ヒアリング、社民党福島党首面談、最後は民主党ヒアリング。与野党協議の再開と野党案の早期提出をお願いしてきました。どの政党でも前向きな言葉をいただき、期待して帰りました。

そして明日ついに野党合意案の提出が決まりました。昨日の今日でびっくりです。大きな大きな前進です。

明日もまた東京に行くことになりました。

            でこぽん

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2009年2月 7日 (土)

再び大分へ

昨日は日帰りで大分へ行ってきました。

6日、大分県と肝炎対策についての意見交換がありました。大分の原告さんにとって初めての活動ということで応援要請が。10時半に大分県庁集合、、、早っ。いつもなら阿蘇の景色を眺め眺め、道の駅で休み休み、3時間のドライブも苦になりませんが、最近の体調ではちょっと無理かなと。解熱剤を飲んだら眠くなるので、バスか電車にしたかったのですが、熊本からその時間に着く便はどちらも皆無。早起きして車で行ってきました。

大分では拠点病院も肝炎対策協議会ももうすでに設置されていました。私達は患者の立場、被害者の立場から、行政にまずやって欲しいことなどをひとりずつ述べ意見交換。県からは「患者である皆さんの声が聞けてとても参考になりました。」と丁寧で前向きな返事がありました。

制度はいちおう整備されてはいますが、中身はこれから、という印象でした。もっと充実させて、ひとりでも多くの患者が治療に専念できる環境を作ってほしいと思います。

熊本県とはずいぶんな違い。熊本県は国から言われている最低限のことをやっていないため、わけのわからない言い訳ばかり。官僚の答弁と一緒だな~~、と思いながら言い訳を聞いていました。大分が最後になりましたが、九州各県で意見交換が行われたことになります。これをふまえて弁護団は各県の肝炎対策の状況をまとめ、ランキングするようです、、、、キビシイ弁護団です。記者会見もあるとか。

終了後、みんなでお昼を食べました。フィブリン糊ケースの方が4人。フィブリノゲンが2人。皆さんまだ和解できていません。早く和解できれば治療に専念できるのに、と言われていました。

8時に無事帰宅。金曜になると副作用もおさまったのか、昨日は熱も痛みも出ませんでした。よかった。

      でこぽん

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2009年2月 3日 (火)

あっという間に2月

先週の東京行動からもう1週間経ちました。(詳しいことは古賀弁護士のブログをご覧ください。)

東京から帰ったものの、自分の用事で毎日忙しくしていましたが、やっと昨日ひと息つきました。もうこれ以上動けないくらいに疲れました。治療のせいだとわかっていてもつらいです。

東京では27日に1周年記念集会がありました。また27、28日の二日間を通して、自民党以外の各政党ヒアリングと議員面談を行いました。患者会とB型肝炎原告団と協力して国会に患者救済法の必要性を訴えてきました。私は4人の議員と面談しましたが、やはりトーンは低め?ヒアリングでは前向きな発言がほとんどでしたが、昨年の救済法ですでに解決済みと認識されているのは否めません。肝炎問題が数ある社会問題のなかで優先課題として国会に認知されなければ法律化は難しいと感じました。

一方、これまで何度も被害は聞いてきましたが、今回ピアリングの場で初めてB肝原告さんの被害を聞き、その深刻さに胸が締め付けられました。毎日100人以上が医原病である肝臓病で亡くなっている現状は間違いなく国の最優先課題であるはずです。命の問題にこそ国は一日も早い対応をとって欲しいと思います。

九州からは二日間で約30人の原告が上京しました。治療中の原告も10人ほど参加しており、体調面でもかなり過酷な行動だったのではと思います。いまだに被害者が命を削って自ら訴えなければ何も状況は変わらないのです。悲しい現実です。

それでも声を上げることが私達の義務だと思っています。

      でこぽん

          

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2009年1月26日 (月)

東京

明日から東京です。

27日は基本合意1周年記念集会があります。

また、肝炎基本法の必要性を国会議員に理解していただくために27日、28日の二日間、国会を回ってきます。各政党ヒアリングと議員の個別訪問などが予定されています。今回の活動は私達だけではなく、B肝訴訟原告団と患者会と合同で行います。基本法制定は全ての患者の願いだからです。国会の反応がどんな感じか全くわかりませんが、がんばってきますね。

今日24本目を打ってきました。さっき打ったばかりなのに頭がぼ~~っとして、なんだか熱が出そうな嫌な感じがします。夕方のいつもの時間にもかかわらず病院は混雑していました。マスクをしたり咳をしている人ばかり。風邪やインフルエンザにかかったら最悪です。明日はどこに行っても人だらけなので憂鬱。インターフェロン中はインフルエンザにはかからない、という話も聞きますが本当でしょうか。

明日の集会には東京赴任中のKIYOさんも駆けつけてくれます。会うのは本当に久しぶりです。

         でこぽん

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2009年1月19日 (月)

大分

週末は大分へ行ってきました。

16日福岡に行ったとき、小林君から「明日大分へ行きませんか?」と誘われました。東京、福岡と続いたので少々疲れていましたが、翌朝起きたらとてもいいお天気。阿蘇抜けの山道をドライブしたくなって行ってきました。日帰りのつもりが結局1泊してしまいました。いつも宿を提供してくれる友人は予告なしに行ったのに、快く泊めてくれました。

目的は大分の原告団会議。原告と家族、弁護団、支援、20人程の参加で、今後の活動についての話し合いでした。救済法成立以降に提訴された原告さんたちですが、これから積極的に自分達のできることをやっっていきたい、と話されていました。

その後の懇親会ではやはり治療の話がでました。みんな副作用や後遺症に怯え、治療には消極的な印象でした。「生の治療経験を聞きたかったのです。」といわれました。

病態も考え方もそれぞれで迷うのは当然です。自覚症状もなく正常値でも、このまま進行しないという保障はどこにもないのですが。治療開始までのハードルはやはり高そうでした。

       でこぽん

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2009年1月16日 (金)

基本合意から1年

怒涛のように過ぎていった1年でした。

1月11日に救済法成立、15日に基本合意締結。記念すべき1日でした。やっと長い裁判から開放される、安堵感で満たされていました。総理や大臣の言葉は、基本合意に書かれたことを国は速やかに実行してくれる、そんな期待を持つには充分でした。

それから1年間、私達は国との協議を続けてきましたが基本合意の内容はほとんど具体化されてはいません。当然国がそんなにすんなりと私達の要求を認めるわけはなく、これからも根気強く声を出し続けるしかありません。声を出すことを止めたら肝炎問題の進展はそこでストップするでしょう。当事者が動かなければ何も変わりません。

今日、天神で街頭活動をしました。小雨の降る寒い中、マイクを持ち、肝炎基本法を求めるビラを配りました。その後記者会見。集まったC肝原告7人のうち4人は治療中でした。みんな会うたびに痩せています。ここまでもう5年を費やしました。私達にとってはどこまで行っても終わりのない闘いなのかもしれません。

来年の節目の日には、少なくともC型肝炎との闘いは終わっていたいと思います。

      でこぽん

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2009年1月10日 (土)

続、県のやる気

熊本県の肝炎対策についての記事が昨日の毎日新聞熊本版に。

記事を読むまで、熊本県が肝炎対策協議会をいまだに設置していなかったことを知りませんでした。12月3日の意見交換時には、当然設置されて協議が行われているものと思っていました。そんなこととは知らず、「協議会メンバーにぜひ患者を入れてください」と要望してしまいました。「検討します」というお決まりの回答でしたが、記事によれば設置されていないのは熊本を含む4県だけだそうです。

拠点病院はワースト15、協議会はワースト4。このままいけば最後まで残るのは熊本県。県が動かないのは怠慢と言われても仕方がありません。やっと思い腰をあげそうな感じですが、ぜひ両方とも今年度中にやってほしいものです。

      でこぽん

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2008年12月27日 (土)

やっぱり

カルテはちゃんと残っていました。

過去2度の調査で、「カルテはない」としていた国立病院機構に厚生労働省が直接職員を派遣して指導した結果、46機構のうち43機構にカルテが残っていました。その中で、3人の患者にフィブリノゲン投与の記載が確認されたそうです。

これは、9月の大臣協議の際、「カルテがないといっている病院でも実は残っているケースがあるので、国が率先して被害実態調査をやってください。」との原告弁護団の要請に、「今日からでも電話をかけてもう一度調査をする。国立病院機構については直接職員を派遣して指導する」という舛添大臣の意向をうけて調査が行われていました。

46のうち43なんて。ほとんど残っているじゃないですか。患者の問い合わせには門前払いをしておきながら、国の直接指導にやっと重い腰を上げたとすれば、あまりにも患者を軽視した態度です。医療機関として恥ずかしくはないのでしょうか。

7000の納入医療機関にはまだまだカルテは残っていたり、隠されているはずです。

ウソをつかれたり真実を隠されたり。これまでこんなことが何度あったことか。少々のことではもう動じなくなりましたが。

      でこぽん

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2008年12月26日 (金)

いつになったら指定するの

昨日は拠点病院のことで新聞社の取材を受けました。

12月3日に熊本県の担当者と肝炎対策について意見交換を行った時、マスコミ7社が取材にきていました。その後数人の記者の方から拠点病院の件について、「なぜ拠点病院をいまだ指定しないのか、担当者の説明を聞いていても全くわからないのですが」という問い合わせがあらためてありました。

やはり県の対応にはマスコミもおかしいと思ったそうです。医療機関も早期の指定を何度も県には要請しており、県が指定しさえすれば、すぐにでも動ける体制はできていると聞いています。

「まだ全国で17県が指定していないので、熊本県が遅いわけではない。」「感染症は肝炎だけではありません」こんな認識では熊本県がビリになるのは確実です。真意はわかりませんが、この言葉を聞くかぎりでは県の「怠慢」ととられても仕方ないのではないでしょうか。

現在私はインターフェロン治療中ですが、この治療は経験豊富な専門医の下でなければ絶対できないと思っています。おそらく治癒率も違ってくるでしょう。一人でも多くの患者が最新で最良の治療を受けることができるために県には最善をつくしてほしいのですが。

いつになったら動いてくれるのでしょうか。マスコミから県に問い合わせがあれば少しは患者の声を理解してくれるでしょうか。これまでもそうでしたが、行政に動いてもらうためには世論の力は大切です。そのためにはこつこつとやるしかありません。

      でこぽん

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2008年12月15日 (月)

日本製薬と基本合意締結

12月14日、2時より調印式、その後謝罪集会がありました。

日本製薬の三浦社長は原告弁護団80人ほどの前で謝罪の言葉を述べました。田辺三菱の葉山社長より印象は良かったものの、心の中はどうなのでしょうか、言葉だけでは到底信じることはできません。

実際、田辺三菱は責任を認め謝罪したにもかかわらず、その後国と原告との和解に口を挟み、結果として和解を遅らせています。日本製薬はそのようなことのないよう、基本合意の内容を真摯に受け止め、その内容を一日も早く具体化するよう最大限の努力を払って欲しいと思います。

ニチヤク原告は40名足らずですが、いまだPPSBニチヤクの納入医療機関名も公表されておらず、被害の実態は明らかになっていません。基本合意締結で終わりではなく、被害者の掘り起こしをはじめ、恒久対策や再発防止へ向けて加害企業としての責任を果たすスタート地点だととらえるべきです。

謝罪集会ではニチヤク原告5人が意見陳述しました。これまで被害は何度も何度も聞いてきましたが、やはり胸が詰まりました。それぞれが何十年にも及ぶ闘病生活のなかで抱えてきた苦しみや怒りを述べ、そしてこれからも続く死への恐怖を訴えました。孤独と絶望のなか、精一杯生きてきた5人の陳述は会場にいたすべての参加者の心に届きました。

私達原告は訴訟の上では一つの区切りがつきました。しかし、同じ苦しみを今も味わっている多くの患者さんの存在を決して忘れてはいません。私達は訴訟の終結が終わりだとは思ってはおらず、ひとつの通過点ととらえています。むしろこれからが今まで以上に大変で長い道のりだと思っています。

私にとって昨日は、「全ての患者さんのために」という大きな目標を再び確認した一日となりました。

      でこぽん

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2008年12月 5日 (金)

県のやる気

残念ながらあまり感じられませんでした。予想はしていましたが。

弁護士と原告、あわせて5人が参加。初めて意見交換の場を設けていただいたことは感謝しています。これからだとは思いますが、行政に動いてもらうのって相当エネルギーが必要です。昨年、厚労省に毎日イライラしていたことを思いだしました。

事前の質問事項は、1.肝炎ウイルス検査体制について 2.肝疾患診療連携拠点病院について、 3.肝炎対策協議会について  4.インターフェロン治療助成制度について。以上について担当者から回答があり、その後こちらから疑問点を質問ました。明確な答えはほとんどありませんでした。

拠点病院について、全国3分の2の都道府県がすでに指定済みであるのに、「指定していない17県に入っているからといって熊本県の対応が遅いかどうかわからない」という答え。すぐに指定できない明確な理由もはっきりせず、いつまでに指定するという約束もありませんでした。

また、インターフェロン治療費助成の申請者数が5月をピークに増えないことについてその理由を聞いても、「これまでの申請者数が多いか少ないのかわからない」という答え。

「感染症は肝炎だけではありませんから。」という言葉が数回発せられました。「国から言われていることは最低限やっています。」という態度があちこちに感じられ、私達患者の思いと行政の認識は大きくかけ離れていました。昨年から今年にかけて、特に救済法成立前後には、患者からの電話が県に殺到しており、少なくとも肝炎で苦しむ患者の多さくらいは知っているはずです。

広報も含め、今の体制では充分ではありません。情報不足や治療費の問題で最新の治療から取り残されている患者がたくさんいます。いまだに自分の感染を知らない人もたくさんいます。県内どこの医療機関でも同じレベルの治療が受けられるよう、一刻も早い治療体制の強化が求められています。ぐずぐずしている時間はなく、ぜひ患者の立場に立って考えて欲しいものです。

        でこぽん

      

        

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2008年12月 2日 (火)

県への要請

12月3日、13時より熊本県に要請に行きます。

国との協議が続いていますが、国は「地方分権」という言葉を何度も使って、肝炎対策を自治体に丸投げしようとしている感があり、これからは県レベルの活動も大切になってきます。

州原告弁護団は11月以降、それぞれの県を訪問しています。各県の肝炎問題への取り組みについて意見交換を行い、広報活動を含め治療体制を強化してもらうためです。

4月からインターフェロン治療助成が開始されたにもかかわらず、熊本県の9月までの申請者は当初予想の3割にとどまっています。また、国が推進している拠点病院が熊本県ではいまだ指定されていません。ウイルス無料検査の実態もよくわかりません。肝臓病治療に関する情報は普通に暮らしているとほとんど耳に入ってきません。

県に、私達患者が直面しているさまざまな問題を直接話し、患者の苦しみを理解してもらうことからはじめなければ、と思っています。そうしなければ行政にとって肝炎問題はいつまでも「他人事」で終わってしまいます。

私達の病気はこうしている間にも確実に進行しており、治療はまさに時間との闘いなのです。今すぐとり組んでもらわないと意味がありません。今ならたくさんの命を助けることができる、ということをぜひ伝えたいと思います。

最新のより良い医療を安心して受けたい、私達患者の願いです。

    でこぽん

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2008年11月26日 (水)

日本製薬と基本合意へ

24日、大阪での全国会議で決まりました。

12月14日、もう一つの被告企業である日本製薬と東京で基本合意が締結されることになりました。日本製薬のPPSBーニチヤクを投与された原告は現在37人です。国と合意してから10ヶ月も経ちましたが、これでこの訴訟もやっと終結です。

一方、25日は福岡での和解期日でしたが、国は再び3名を和解保留としており、あくまでもこの姿勢を続ける様子です。理由はこれまでと同じく田辺三菱の意向。田辺三菱は原告と国の和解に口を挟む立場ではありません。そして国と企業の間の問題に原告は何ら関係ありません。

原告のことをなぜ優先しないのか、相変わらず国は企業の方しか見ていません。一刻も早い和解を行うべきです。

日本製薬との和解で肝炎問題を完全終結させたいという被告の意図がみえみえです。

       でこぽん

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2008年11月10日 (月)

福岡でも

少し前のことですが、九州訴訟でも11人中5人が和解保留(5日)

「和解に意見を述べたい」、という田辺三菱の意向を聞いて国は名古屋に続いてまた和解保留にしました。なぜ国が企業の意見に左右されるのか理解できません。情けないのひとこと。救済法が成立し、基本合意を結び、総理、大臣は謝罪の言葉を述べました。国民の前で反省して謝ったのです。原告の全員救済が約束されたはずです。

しかし、国も田辺三菱もまだ争う姿勢です。和解保留となった原告は今どんな気持ちか、これからも各地でこのようなことが続くとしたら耐えられません。

先週、九州の原告さんの訃報が届きました。8月末に原告団会議でお目にかかったばかりだったので信じられませんでした。私達の病状は外見からは判断できません。いつ最悪の結果を迎えても不思議ではないのです。命は待ってくれません。これ以上和解に時間を費やすことにどんな意味があるのでしょうか。

「のどもと過ぎれば」 原告の全員救済さえ後ろ向きな国の態度、本気で肝炎問題を解決する気持ちがないのはいたるところで感じています。

            でこぽん

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2008年10月28日 (火)

田辺三菱と国にまた怒り

昨夜のネットニュースにこんな記事が

国は名古屋訴訟で和解しようとしていた5人の原告に対して田辺三菱が反対したため、和解保留にしたようです。

私達が和解ではなく企業への請求放棄というかたちで訴訟を終結させたのは、これ以上訴訟に時間を費やすことを避け、一刻も早い原告全員の被害回復を優先させることを選んだから。苦渋の決断でした。

わずか1ヶ月前、基本合意を締結し、葉山社長の謝罪をうけました。謝罪の言葉は表面的で、心から犯した罪を反省し、謝っていないのは誰の目にも明らかでした。しかし、150人の原告の前ではっきりと、「反省をふまえ、命の尊さをあらためて認識することを約束する」と言ったのは事実。なぜ国が行おうとしている和解に口を挟むのか。最初からこういう戦略だったとしか思えません。個別の事情はわかりませんが、投与の事実や因果関係を問題にしていることは想像がつきます。

そもそも医療記録が失われたのは、自分たちが20年以上もこの薬害事件を隠蔽し放置していたから。それによって被害実態や、感染率さえわからない現実があるというのに。弁護団がはじきだした28万人の被害者を一人残らず探しだし、救済しなければならないのがこの企業の本来の姿だと思うのですが、原告の救済さえも邪魔しようとしています。田辺三菱は給付金額のことしか考えていないのがよくわかります。

この企業はなぜいまだ存在しているのでしょうか。何万人という人を死に追いやっているというのに、この段階でもまだ命の重さも罪の重さも認識していないかのような行動です。。これまで何度も何度も見てきた田辺三菱の悪質さは少しも変わっていません。あたまにきています。

国は国で、田辺三菱が何を言おうが最初に掲げた「一律救済」をなぜ最後まで貫きとおさないのか。和解保留とはほんとうに情けない気持ちで一杯です。粘り強くやるしかないのでしょうが、私達には時間が限られています。一刻も早い和解が行われることを願っていますし、また声をあげなければと思います。

        でこぽん

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2008年10月10日 (金)

企業への請求放棄手続き

福岡高裁で行われました。これまで本当にありがとうございました。

追加提訴して4年7ヶ月、長い闘いからやっと卒業できました。国との和解手続きの時と同じで今日もあっという間の出来事でした。裁判長の言葉は声が小さくて最後まで聞き取れませんでしたが、「皆さんの治療が効を奏して健康になられることを願っています。」と言われたそうです。

長い時間がかかりました。そして、あまりにもたくさんのことがありすぎて自分のなかでどのように受け止めていいのかまだとまどっていますが、今日で訴訟は「終わった」のです。そのことはしっかり受け止めていこうと思います。

といっても実際には何も変わっていませんが。治療は始めたばかりで先が見えないし、明日は早起きして県南の町で講演だし。今はただ治療を無事に終わらせ、健康な体を取り戻したいと思っています。その時が私にとって本当の闘いの終わりなのです。

そしてこれからも肝炎対策基本法の成立や恒久対策、薬害根絶への取り組みなど、活動は続きます。

また、この5年間経験してきたことを伝えていくことも私の役割だと考えています。

今日の手続きはわずかな時間でしたが、これまで共に闘ってきた5人の弁護士と1陣原告6人で訴訟の終結を見守ることができ、幸せな瞬間でした。

           でこぽん

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2008年10月 3日 (金)

インターフェロン治療費助成

肝炎インターフェロン治療受給者証がやっと届きました。

熊本県での助成について簡単にお知らせします。

1.必要書類(申請書、診断書、被保険者証等の写し、世帯全員の住民票、世帯全員の所得割を証明する書類)をそろえ、管轄の保健所へ申請する。申請書と診断書の書類様式は保健所の窓口で。または県のホームページからダウンロードできる。

2、診断書は県が指定する「指定医療機関」の医師に作成してもらう。指定医療機関は現在23機関、診断書作成と導入治療の実施、導入治療後の治療の実施を行う。

3.助成の有効期間は、申請書を提出した月以降となる。

実際に治療を始めたうえで担当医に診断書を書いてもらい、月末までに申請しなければなりません。また、受給証が交付されるまでの医療費は全額支払ってあとで払い戻しの手続きをすることになります。

私は8月末に申請していました。今のところ1ヶ月の治療費はおよそ6万~7万。今後他の診療科受診があれば別ですが、負担は若干軽くなった程度。1,3,5万というのももっとどうにかならないかな、と思いますが、肝生検と導入のための入院費は23万かかっており(なんでこんなに高いのか?)やはりありがたいですね。

理由はいろいろありましたが、これまで治療からずっと逃げていました。今自覚症状がなくてもいつウイルスが暴れだすかだれにもわかりません。運良く暴れださないかもしれませんが。もう、その恐怖におびえる生活を終わりにしたいと初めて強く思いました。治療はつらく、先が長く、結果もわかりません。しかし、まだインターフェロン治療の選択肢が残されているなら副作用のリスクを考えても挑戦する価値はあると思います。裁判を一緒に闘った原告も次々に治療を始めており心強いかぎりです。

九州肝臓友の会の木戸さんは私の顔を見るたびに、「裁判も大事だけれど一日も早く治療しなさい」といつもおっしゃっていました。たくさんの患者さんと接してこられたゆえの言葉だったのでしょう。

しかし、ときおり見かける(昨日も見た)T製薬やS社の露骨すぎる新聞一面広告には気持ちが逆立ちます。製薬会社がまた儲かるのかと。ジレンマ、、、、。

        でこぽん

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2008年10月 2日 (木)

夜のニュース

薬害肝炎の企業責任と償い

フジテレビ、ニュースジャパンで今夜11時40分から放映されます。

ぜひご覧ください。

今日はこれから検証会議傍聴のため東京に行ってきます。日帰りです。

             でこぽん

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2008年9月30日 (火)

訴訟終結へ

田辺三菱と基本合意調印、謝罪集会(詳しい内容は古賀弁護士のブログにアップしてあります)

長かった訴訟も終わりをむかえます。これまでたくさんのご支援をいただき本当にありがとうございました。

9月28日、大きな節目を迎えたわけですが気持ちは晴れません。被告責任者による心からの謝罪の言葉を期待した自分がバカでした。代理人が書いたであろう謝罪文と決意表明を読んだだけであっけなく終わってしまいました。胸に届く言葉はひとつもなく、これで終わりだと思うと悔しさがこみあげてきました。私達がどんなに言葉を尽くそうがあの二人には関係のないこと、謝罪集会は単なるセレモニーにすぎなかったのです。

もっと言いたいことはたくさんありますが止めます。自分がよけいにみじめになるだけ。某弁護士が「大企業の責任者が自分の言葉で話すはずがない」と私に言いました。それがすべてなのでしょう。

昨日は午前中大阪で取材をうけて帰ったのが5時。急いで注射を打ちに病院へ行きました。今日は注射のせいで熱がでたり吐き気がしたりでぐずぐずしています。よけいに悔しい気持ちです。

         でこぽん

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2008年9月28日 (日)

意見陳述

やっとできた?

ああでもないこうでもない、とさっきからまた考え出して一応また書きました。でも明日また変わるかもです。他の原告さんはさっさとできあがっている様子。書くのって本当に難しいです。もう寝ます。明日は715リレーつばめ。KKTの取材メンバーと一緒です。起きれるかな?というより眠れないかもしれない。

            でこぽん

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2008年9月26日 (金)

ちょっとため息

ここ数日ドタバタしています

注射が月曜なので木曜あたりから徐々に楽になります。今週ははじめて吐き気がして、まるでつわりでした。食欲はあいかわらずぱっとしなくて、朝、昼はほとんど何も口にしなくても平気です。食べるのが苦痛で、最近は果物に頼りっぱなし。唯一夜だけは普通に食べることができて、それだけが救いです。他の副作用にも注意をしていますが、重篤な副作用として間質性肺炎に要注意、と今朝メールが流れてきました。今のところ変な咳は出ていないので少し安心。息切れは貧血のせいでいつも。それにしてもウイルスをやっつけてくれるのはいいけれど体にとっては毒を入れているようなもの。ダメージが大きい。終わったときはぼろぼろになっているような気がします。

28日の企業合意に向けて取材をうけたり、意見陳述しなければならなくなったりで、なんだかバタバタです。国と和解した日の意見陳述で最後と思っていたのでまさかもう1回あるとは。昨日弁護団に言われて今朝なんとかひとりで第一稿を書いたもののすぐに突っ返されました。いつもそうなので慣れてはいますが、あさっての本番直前まで推敲が続くでしょう。相変わらず弁護団にきたわれ、少しため息。それでも今回で本当に最後、企業の社長にはじめて被害を訴えてきます。というか、かみついてきます。

          でこぽん

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2008年9月22日 (月)

田辺三菱と基本合意締結へ

9月28日に決まりました。

提訴から6年目にして基本合意が締結されることになり、この訴訟も終わりを迎えようとしています。

大きな節目を迎えることができて安堵してはいますが、手放しで喜ぶことは到底できません。この企業は薬害を引き起こした第一義的責任があるにもかかわらず、これまでいつも国の後ろに隠れ、世論の追求を逃れてきました。国との合意後に始まった和解協議では責任の重大さを認めようとせず協議は難航しました。そして基本合意は締結しても一部原告との和解を拒否したことで私たちは苦渋の選択をとらざるを得ませんでした。

5年間を通して一度もこの企業に誠実さを感じたことはありません。28日には謝罪集会も予定されおり、初めて田辺三菱とベネシスの社長が私たちと面会し謝罪をするようです。どれだけ多くの命を危険にさらし、そして奪ってきたか。どれだけ多くの人生をゆがめてきたか。その責任の重さを本当に痛感しているのかまだわかりません。心からの反省の言葉がないかぎり私は合意したくはありません。

28日で無罪放免だと企業は思っているかもしれません。しかし、カルテのない膨大な被害者を置き去りにしたまま絶対にそんなことが許されるわけはありません。これからは定期協議の場で薬害肝炎の真相を明らかにしていくことになります。

国や製薬企業、そして医療機関が「命の重さ」を痛感しないかぎり薬害はなくならないと思います。本来最も命の大切さを痛感していなければならないのですが、私にはそうは思えません。自分の命がこの3者によっていかにぞんざいに扱われたか知っています。この事実をこれからも伝えていくことが自分の使命だと考えます。二度と私達のような悲惨な薬害被害者を出さないために。

              でこぽん

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2008年9月16日 (火)

仙台

13日は全国原弁会議のため仙台へ行ってきました。

昨年9月の仙台判決の時は台風のために福岡空港に足止めされたのでした。10分前の便は飛んでたのに、、、。で今回が初めての仙台。熊本からはとても行きずらく、いろいろ考えましたが結局東京まで行って、東京で新幹線に乗り換えました。移動時間がなんと片道6時間、日帰りも困難で一泊しましたが、治療中でもありさすがに疲れました。

やっと田辺三菱との訴訟も終わりを迎えることになりそうです。近いうちに基本合意が締結されれば6年目にして長かった企業との闘いにも区切りがつきます。謝罪集会も開かれるようです。

しかし喜びとか嬉しさとか、そんな感情はまったくありません。絶対にそんな気持ちにはなりようがありません。

弁護団が原告755人を対象におこなった被害実態調査をまとめました。感染率は45%、感染者は28万人という甚大な被害実態があきらかになりました。これまで企業や国は被害者は1万人といっていましたから、いかに過少報告していたかがわかります。28万人の感染者のうち救済法で救済されるのは医療記録が残っているわずか数千人のみ。企業も国もこれら28万人弱の感染者への責任をとることはないのです。

この薬害を20年以上も放置して被害を隠し続けていた被告らの悪質さをあらためて考えています。

             でこぽん

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2008年9月11日 (木)

定期協議の報告

9日、今年度の定期協議が開かれました。

3月、8月、9月と半年余りのうちに3回も開催されました。協議項目は下記の4項目について。これまでより具体的な回答を舛添大臣から引き出すことができました。

1、ウイルス性肝炎対策の基本認識についてー肝炎対策基本法の制定にむけて議員立法したい、与野党議員に働きかけていく。

2、インターフェロン治療の助成対象医療、助成期間の見直しについてー来年度から助成期間を48週から72週に延長するよう概算要求している。少量長期投与についても検討する。

3、身体障害認定に関してー11月までには作業部会を設けて検討する

4、未告知者の解消についてー全国の旧国立病院、大学病院に職員を派遣しカルテの有無を調査、早期告知について指導する。その他の医療機関についても電話でカルテの有無、告知に関して実態調査、追加調査をする。

今回も全国から100名を超える原告、弁護団が参加しました。約1時間の協議でしたが舛添厚労相の肝炎対策についてのお考えをしっかり聞くことができました。そして、「政局が命の問題に影響を与えてはいけない。自分の任期中にできる限りのことをやりたい。」と話されました。基本合意から8ヶ月、まだ具体的な施策としてはほとんど実現していませんが、この定期協議を足がかりとして肝炎対策を少しずつでも着実に進めていかなければと考えています。

大臣の口約束だけに終わらないようしっかり見守っていきましょう。

          でこぽん

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2008年8月 4日 (月)

ニュースジャパン

薬害特集があります

フジテレビのニュースジャパンで今夜と明日、2夜連続でオンエアされます。

今夜 「PMDA、医薬品医療機器総合機構の現状」、  5日 「イレッサ」

直前のお知らせですがぜひご覧ください。

            でこぽん

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定期協議の報告

せっかく行ったのに

1時間の協議時間も25分に短縮されました。閣議だから仕方がありませんが。

舛添大臣は気もそぞろという印象で、ずっと早口でした。辞表提出や内閣人事のことで頭が一杯だったでしょうから。つられて原告弁護団も早口でした。時間短縮で発言もまわってこないとふんでいた私は、いきなりまわってきてやはり早口に。

短い協議時間でしたが事前に提出していた要請内容の一部について直接大臣から回答がありました。

1、インターフェロン治療費助成について、現在の48週から72週への延期を来年度から実施できるように検討する

2、インターフェロン長期少量投与については月額医療費が少額であるために助成は困難と思われる

3、障害者認定については他疾患とのバランスを考慮し前向きに検討したうえで要望に答えたい

4、未告知者に対する告知については、医療機関側の問題が多いがきっちりやっていかなければならない

2については厳しい回答でしたが、その他はいちおう前向きな回答でした。これらが少しでも早く実現されるようにこれからも主張していかなければなりません。これまでもずっとそうでしたが、厚労省との作業部会での様子等を聞くと、官僚と大臣の考えにはかなり温度差があるようです。ウイルス性肝炎は医原病であり、恒久対策が国の責任のもとに行われるよう、肝炎対策基本法の立法化はやはりかかせないと思いました。

舛添さんが留任されたことでほっとしました。官僚に負けず、肝炎患者のために尽くしてくれると期待したいものです。

今回もまた政治に振り回されました。ここぞという時にかぎって。しかし、今回充分な時間がとれなかったということで、今月末か来月にもう一度定期協議の場を設けることを大臣には約束していただきました。

ドタバタでしたが、終わってみればこれって二度おいしい話のような。

              でこぽん

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2008年7月31日 (木)

大臣協議

明日、今年度の大臣協議です

しかし、明日の午後は内閣改造が行われる様子でニュースから目が離せません。協議は1時からだし。舛添大臣、気もそぞろかも。厚労大臣は留任といわれていますが、、、、。なんで明日なんでしょうね?相変わらず政局にふりまわされております。

これまで恒久対策の作業部会が何度も開かれています。私は傍聴していませんが、報告を聞いた限りでは厚労省とはかなり温度差があるようです。

私は被害実態調査について発言予定です。大臣に直接発言できる貴重な機会なので、しっかり役目を果たしてきます。

      でこぽん

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2008年7月14日 (月)

全国弁原会議

13日、福岡で開かれました。

おもに企業和解と大臣協議について話し合いました。田辺三菱は原告が提示した最終基本合意書案を受け入れる意向を示したそうです。約3ヶ月間、最終基本合意書案をまとめ、大阪での抗議行動を提起したりと、本当に大変でした。やめたいと思うこともありましたが、なんとか原告案を通すことができそうで少しほっとしています。しかし、まだまだ課題は残されており、また私はこの企業をまったく信用していないので、原告全員の和解が成立するまでは油断できません。

5年間の闘いで、代理人を通じて見てきた被告企業の態度はひどいものでした。現在も、そしてこれからも病を背負って生きていかなければならない患者の苦しみ、そして失われた命のことを考えると、たとえ訴訟が終結したとしてもやりきれない気持ちになります。

        でこぽん

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2008年7月13日 (日)

田辺三菱からの回答

まだ合意しないのか?

6月23日に最終基本合意書案を田辺三菱に提示、被告からは翌週回答するという返事でした。しかし、弁護団からはまだ何も聞いていません。弁護士に経過を尋ねればわかることですが、連絡がないのは良い結果ではないとだいたい予想がつきます。回答を延期しているのか、それとも基本合意書案に合意できないということなのか。明日の全国原弁会議で明らかになるでしょうが。

直接交渉では「一日も早く合意できるよう誠意を持って対応したい」という言葉、そして翌日の株主総会でも同じ言葉で株主を納得させています。マスコミも、すぐにでも合意か、という論調でした。しかし、対応した代理人や企業担当者からはまったく誠実さはうかがえず、ふてぶてしい態度。直接交渉とは名ばかり、というのが正直な感想でした。

いまだに何一つ被害者に対して対応していない田辺三菱、企業倫理のひとかけらも感じ取ることができません。この企業にあるのは利益追求のみ。

みどり十字、三菱ウエルファーマ、田辺三菱へと、次から次へ名前を変えたとしても犯した罪は消えません。私達が知っています。私達はもはや失った時間は取り戻せないし、健康な体も取り戻せません。ならば、せめて犯した罪を心から反省し、被害者に心から謝罪するところからはじめなければ被告企業としての責任を果たすことにはならないと思います。

             でこぽん

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2008年7月 2日 (水)

医療機関名公表

第八、第九因子製剤納入の1825医療機関

今回は非加熱と加熱のいずれかの第八、第九因子製剤を扱った医療機関のリスト。非加熱については前回1月に666施設を公表しており、今回はウイルスの不活性化が不十分とみられる加熱製剤を投与した可能性のある1159施設を新たに加えています。今頃になってまた新しい事実が出てきます。遅い。

厚労省の血液対策課では「肝炎感染のリスクがあり、念のためウイルス検査を受けてほしい」と呼びかけています。医療機関公表による検査の呼びかけさえも数年前まで国は拒否していたことを考えれば大きな前進ですが、これが治療に結びつかなければ意味がありません。

私の知人は1月の医療機関公表で自分の出産病院を見つけてその日にウイルス検査を受けました。結果は陽性。検査をした保健所からは肝臓専門医のいる病院のリストを渡され、一日も早い受診をすすめられたそうです。すぐ医療記録の開示請求をしましたがフィブリノゲンの記載はなく、輸血ではないかということでした。数日前に久しぶりに連絡してみましたがまだ病院には行っておらず、何もしていないということでした。

自覚症状がないままいきなりC型肝炎を宣告されても、すぐには受け入れられない気持ちはよくわかります。急性肝炎を発症した私でもこの病気を受け入れるのには何年もかかりましたし、いまだに根本治療をしていません。医療行為で感染した患者の戸惑いや怒り、そして肝炎の重篤性を考えれば、せめて安心して治療を受けられる体制をととのえるのが国の責任であるのに、現状では不安ばかり。もっと手厚い施策でなければ副作用が厳しく高額のインターフェロン治療には二の足を踏んでしまうのが現状です。

        でこぽん

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2008年6月26日 (木)

大阪の報告 

本当に合意できるのか?

22日は早起きして新幹線で大阪へ。午後からの全国原弁会議には各地から80名程の原告が集まりました。

企業に提出する最終基本合意書案にむけての話し合い。4月に企業からの基本合意書案を初めて弁護団から提示されたときは絶句してしまいました。20年以上も放置していたため、1万人分のカルテが失われた事実、418リストの被害情報を隠蔽していたため病状悪化させた事実。企業がこれらの事実についての責任を認めないまま、反省のない謝罪をしても、その謝罪を受けることは絶対にできないと思っていました。特に、1万人分の失われたカルテについては、薬害であることが立証できず救済の対象にならない多くの患者さんのことを考えると、どうしてもここだけは譲れないという思いがありました。

国と先に和解成立していたこと、また原告団の疲労もあり、企業和解に対してはさまざまな意見がありましたが、2ヶ月間話し合ってきた結果やっと最終案をまとめることができました。

翌日は午後から小雨の降るなか、淀屋橋前で街頭活動。1500枚のビラを配りました。その後中ノ島公園から田辺三菱本社まで、原告弁護団、支援、合わせて150人がシュプレヒコールをあげながらパレードしました。大阪では3回目のパレードで、過去2回は企業は何の反応も示しませんでしたが、今回初めて原告7人と弁護士2人が社屋に入り、直接交渉することができました。

田辺三菱側は担当社員1人と代理人4人が対応。私達はそれぞれの思いを一人ずつ述べましたが、相手側の対応には誠実さは感じ取れませんでした。法廷でもずっと企業の態度には憤慨していましたが、ここにきてもなお真摯な対応を示さない田辺三菱に不信感が募りました。

来週中には企業側から今回提出した基本合意書案についての解答が出されます。これが最後です。

             でこぽん

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2008年6月22日 (日)

被告製薬企業への抗議

明日から大阪です。

いまだに和解にいたっていない製薬企業へ抗議の行動を23日に起こすことになりました。和解協議がずっと続いていましたが、私達が望む和解案と田辺三菱製薬が示す和解案は隔たりがありすぎます。

私はこの企業が製造し、販売したわずか2グラムの血液製剤によって肝炎に感染し、21年間病気を抱え苦しんできました。これからも病気の進行におびえながら、完治するためにはつらい治療に向き合わなければなりません。

それでもまだ私は生きています。まだ治療という選択が残されています。最低1万人といわれる薬害被害者の中には、自分がなぜ肝炎に感染したのか、その理由さえ知らずに無念のうちに亡くなった人、病状が進行して有効な治療法が見つからない人がたくさんいます。

フィブリノゲンとクリスマシンがどれだけ多くの命を奪い、患者と家族に困難な人生を強いてきたか。その責任の重さを被告企業はもっと認識するべきです。そして心から反省し、被害者に謝罪するべきです。私達は反省のない謝罪は受けるつもりはありません。

                 でこぽん

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2008年6月19日 (木)

九大

せっかく早起きしたのに、、、、ついてない。

昨日は無事に615の有明で博多へ。地下鉄で赤坂まで行き、そこでタクシーに乗り、運転手さんにたしかにこう言いました。 「九大の六本松キャンパスへお願いします。」

でも、運転手さんが向かっていたのは九大病院。もっと早く気付けばよかったけれど、かなり走っていた後で、約束の時間には大幅遅刻。「九大といわれたので、てっきり病院だと思いました。」ひら謝りでした。

朝からの私の苦労も台無し。私の年齢だと、九大=病院なのね。それとも病人に見えたのかも。講演の前にどっと疲れが。いつもドタバタです。

昨日は教養部での授業でした。大教室はほぼ満席で、230人程の受講生が。遅刻したせいで打ち合わせができませんでしたが、事前に中山弁護士から要請のあった、「非日常的に見える裁判に立ち上がざるを得なかった心境」などについてもお話してきました。熱心に聴いていただき、早起きした甲斐がありました。

5月に提訴したB型肝炎訴訟の原告さんも訴訟支援のお願いに来られていて、インターフェロン治療のつらさなどをお話されました。これから始まる長くて厳しい闘いを想像すると気軽に「頑張ってください」とは言えませんでした。

その後古賀事務所で22、23日の大阪での企業抗議行動について打ち合わせをして帰りました。

疲れました。山口さんもエリちゃんも同じ。和解後もまったく変わらない忙しさです。

               でこぽん

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2008年6月18日 (水)

また福岡へ

一日おきに福岡へ

14日は原告団会議、16日は波多江弁護士と西南大学へ。明日、というかもう今日になってしまいましたが、九大の内田先生の授業に呼んでいただいています。集合がなんと8時20分。熊本を6時15分の始発に乗らないと間に合いません。くすん。

今日は5時起き。最近そんなに早起きしたことがないので心配。ブログを更新している場合ではないのですが、やっと今原稿書き終えました。

最近ちょっとハード。多分山口さんやエリちゃんはもっとかも。もう少し、とがんばっていますが息切れしています。一日おきに福岡往復している自分がなんだかけなげに思えてきました。

        でこぽん

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2008年5月29日 (木)

東京へ

これから空港へ

昨夜は豪雨で心配しましたが、今朝は雨も止んでいてひと安心。でも、東京の気温は17度らしい。熊本は蒸し暑くて空気が重たいのに、東京は寒いのかな。

今日は肝炎対策基本法の今国会中の成立をお願いしてきます。しっかり議員に法律の必要性を話してきます。5月ももうすぐ終わり。6月もひき続き法案成立と企業和解で忙しそうです。個人的にはいろいろ締め切りがせまっていろものがあり、先延ばししていましたが、帰ったらとりかからないと間に合いません。せっぱつまらないとやらないのはB型だから?

      でこぽん

           

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2008年5月22日 (木)

第二幕

あまり報道されていませんが、5月は肝炎対策基本法の成立や企業和解にむけて行動しています。

昨日は福岡で企業和解についての原告団会議。九州原告も150人ほどに増え、新しい原告さんも数人会議に出席されていました。救済法成立以降に提訴された方が「これからはみなさんと一緒にがんばりたい」と発言されるのを聞くとやっぱりうれしくなります。一人でも多くの原告、そして患者さんが立ち上がらなければ肝炎対策も進みませんから。

今日は山口さん、エリちゃんは再び東京。明日は第一回の検証会議。私は傍聴にいけませんが、メンバーのエリちゃんと泉さんには頑張って欲しいと思います。

福岡と東京へ行ったり来たり。その合間に講演。今月は去年暮のような毎日です。法案が成立し、企業と和解できれば治療を本気で考えようと思っています。

                でこぽん

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2008年5月19日 (月)

政党ヒアリング

14日、15日は国会で肝炎対策基本法の今国会中の成立をお願いしてきました。

二日間、日本新党を除くすべての政党のヒアリングをうけました。

14日は公明党、共産党、新党日本、15日は自民党、社民党、民主党。原告、弁護団、支援、患者会、総勢90人ほどが集まりました。

国の責任を明確にしたうえでの治療費助成などの恒久対策を要請しました。今年度から予算措置でインターフェロン治療費の助成が始まりましたが、まだまだ不十分です。患者が安心して治療が受けられる体制を一日も早く実現して欲しいものです。

公明党の太田代表や新党日本の田中代表、社民党の福島代表をはじめ、これまで肝炎問題の解決に尽力いただいた議員さんはほとんど出席されており、基本法成立に向けての努力を約束していただきました。

その後、手分けして議員会館をまわりました。秘書対応がほとんどでしたが、なかには「詳しい話が聞きたい」と部屋に入れてくださる議員も。肝炎問題はまだ終わっていない、ということを伝えてきました。最後は厚生労働省で記者会見。以前ほどではありませんが、マスコミもそこそこ集まってくれました。久しぶりの国会行動でしたが、忘れられないように、これからも伝えていくことが大事だと感じました。

16日は厚生労働委員会を傍聴したかったのですが、遅い時間だったので傍聴できませんでした。山井議員が企業責任について追求されたようです。

             でこぽん

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2008年5月13日 (火)

講演会

4日間で3回はやはりハードでした。

わかってはいましたが、さすがに今日はぐったりしていました。9日は熊大、11日は薬害HIV訴訟九州支部の原弁総会、12日は玉名看護福祉大に行ってきました。

熊大は今年で3回目。教養科目の「人権と性を考える」という授業のなかで、今年度は二コマを薬害肝炎問題にいただきました。担当の小松先生は熊本の支援の会でずっと支援をしてくださっています。他には、在日コリアンの歴史と現状、ハンセン病問題の歴史と現状、セクシャルマイノリティの歴史と現状、性暴力と女性の人権、ジェンダーとフェミニズム、などの興味ある授業です。100人ほど収容できる教室は満席で、息子達の幼なじみの女子学生から話しかけられたり、また昨年まで福岡で学生の会の代表だった古荘君も来てくれました。

昨日は、玉名看護福祉大の社会福祉学部の授業ですが、公開講座となっていて一般の方の姿もありました。この授業も3回目で、担当の山本先生も支援の会の発足時から応援していただいています。こちらも今年から二コマ、26日にまた行ってきます。

11日はHIV訴訟の総会に呼ばれました。原告さん達はみんな知っている方ばかり。弁護団のうち二人は肝炎弁護団の両代表。少人数でしたが、プレッシャーは最大でした。

国との訴訟は終結しましたが、これからもまだまだ伝えていかなければならないとわかっています。では一体いつまで?被害を語るたびに感情が呼び戻されてしまい、つらくなります。

明日から東京です。医療費助成の立法化を国会でお願いしてきます。政党ヒアリングや議員会館をまわってきます。国会は久しぶりです。懐かしい気持ちになったらどうしよう。

               でこぽん

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2008年4月 1日 (火)

インターフェロン治療費助成

今日からはじまりますが、、、

今日から新年度、ずっと求めてきたインターフェロン治療費の助成が始まることになっています。しかしそれは私達が主張しきた法律にのっとったものではなく、予算措置によるものです。また、金額も所得に応じて1,3,5万円の負担となります。

少しでも患者の負担が少ない法律をつくってほしい、と何度も要請してきました。

民主党は昨年10月に参議院に治療費を所得に応じて0,1,2万円とする法案を提出していました。それに対して与党案は1,3,5万円。金額に違いがありすぎたため、話し合いで一本化しようと、与党の申し入れにより12月に協議会を設置しました。しかし、協議会そのものはほとんど与党の都合により開催されないまま。先月27日に一方的に協議打ち切りが与党サイドから言い渡されました。

結局与党の思惑どおり。時間だけ引き延ばされて、民主党案が参議院で採決されることを阻止するための協議会設置だったのではないか、と疑っています。

福田総理は1月15日、基本合意書調印式後、官邸で私達原告弁護団の前で「これからは一般肝炎対策についてもしっかりやっていく」と明言されました。しかし、肝炎対策基本法に対する取り組みひとつとっても相変わらず騙すようなやり方。昨年末、いやというほど見せつけられてきた国の態度は少しも変わっていません。

予算措置による助成なので今後も続くのかわかりません。また、4月からの治療費助成を心待ちにしていた患者のなかには、この金額では治療を躊躇する人がかなり出てくると思います。

慢性肝炎に対する治療費だけでもこんな対応なのですから。肝硬変、肝がんにいたっては国は本当にやってくれるのか。私達患者にとって、治療をめぐる厳しい状況はほとんど変わっていません。救える命があることを国はもっと真剣に考えてほしい。

        でこぽん

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2008年3月31日 (月)

救済法説明会

昨日は弁護団主催でした

雨のなか200人程の参加者だったようです。準備のために1時に会場に着いたのですが、2時の開始を待ちきれないようにすでに30人くらいの人がロビーで待たれていました。会場の都合で今回はほとんど広報をしていなかったにもかかわらず多くの参加があり、やはり関心の高さがうかがえました。

最初に10分ほど挨拶の時間をもらいました。救済法説明会で話をするのは3回目ですが、いつも複雑な心境です。おそらく多くの方が投与証明が困難と思われるからです。お話を聞いていると、どうしてあげることもできずつらくなります。救済法だけではなく、一般肝炎対策にむけて一緒に声を上げてがんばりましょう、と話すことが精一杯です。

説明会が終わっても何人もの人に話しかけられました。怒っている人、感謝の言葉をかけてくれる人、ご自分の治療経過について話す人、、、、。患者さんはみんな不安で一杯、そして怒りのほこさきをどこにもっていけばいいのかわからない、そんな感じでした。

救済法で一人でも多くの人が救済されてほしい、そして治療費助成を実現させたい。と思っていますが、国の最近の対応を見る限りではまだまだ困難な道のりです。

                でこぽん

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2008年3月28日 (金)

一斉提訴

全国で129人、九州は23人が追加提訴

昨日は一斉提訴の入廷行動と記者会見のために午後から福岡に行ってきました。

フィブリン糊で感染し、418リストに載っていたことが判明した熊本の70代の男性も含まれています。すでに5年前に肝臓癌を発症。「私の願いは元の体にもどしてほしい、健康を返してほしい、ということだけです」とコメントを寄せらました。

私も418リストに含まれていますが、418リストはフィブリノゲン製剤だけだと思っていました。今回フィブリン糊のケースが明らかになったことで、国と企業は20年前からすでにフィブリン糊も危険だということを知っていたことになります。

国との和解成立後も次から次に隠蔽されていた事実が出てきます。しかし、企業の態度はすでに開き直っているとしか思えません。時間がたてばほとぼりがさめるとふんでいるのでしょうが、そんなことは絶対ありえない。フィブリノゲンでどれだけの命が奪われたか、どれほど多くの人が今もなお苦しんでいるのか。いまだ和解もしようとしない田辺三菱にまた怒りがこみ上げてきました。

                 でこぽん

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isseiteiso

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2008年3月19日 (水)

定期協議

17日は最初の定期協議が開かれました

15日は広島に用事があり、そのまま上京して昨夜帰ってきました。3泊4日でしたが、移動が多かったのでかなり疲れてしまいました。

協議には舛添大臣も参加。私達は原告70、弁護団30という大人数で第一回目の協議にのぞみました。和解で解決ではない、ということを数でもアピールしてきました。

1、恒久対策について。2、薬害の再発防止について。3、薬害被害者救済について。これらのことについて事前に申し入れをしており、その回答が厚労省からありました。その後原告側から意見を述べ、最後に大臣の考えをうかがいました。大臣は、肝炎問題の解決について決意を述べられ、検証のための第三者機関、作業部会等の発足について約束されました。

一時間という限られた時間のなか、3の事項について私も発言しました。大臣に直接意見を述べる、というこの協議の大きな意義を終わってから実感してしまいました。来年度は7月に開かれることも決まり、この定期協議の場を最大限に活用していかなければならない、とあらためて決意した次第です。

              でこぽん

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2008年3月11日 (火)

日比谷公園

東京は1ヵ月ぶり

9日は会議。10日は舛添大臣に要請書を提出、記者会見後、議員会館を回りました。

昨年末と違って、上京してもせいぜい1,2泊で済むので気が楽です。日比谷公園の近くに泊まったので、厚労省まで公園の中を歩きました。朝からの雨も止み、梅の花が咲き誇っていました。日比谷公園では嫌な思い出がたくさんあります。大きな行動はすべてこの公園でした。座り込みやパレードをやっても国には無視され続け、そのたびに空しい気持ちに襲われていました。

昨日初めて10階の大臣室に通されました。隣の控え室の窓からは私たちが座り込みをしたり、官邸前行動の集合場所となったかもめ広場が間近に見下ろせました。大臣も官僚らも私達の抗議行動をしっかり見ていたことがわかって少し報われたような気持ちになりました。

抗議行動の他にも、取材を受けたり、夜のニュースの生中継、松本楼で座り込みのうさばらしをしたことなど、今となっては思い出です。

一度ゆっくり散歩してみたい場所です。

               でこぽん

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toukyou

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2008年2月28日 (木)

資料放置

ほんとうにあたまにきています

昨日の朝刊を見てまた怒りが。3859人もの製剤投与資料の存在を知っていながらまたもや放置していたなんて。昨夜のニュースジャパンを見ていたら、民主党対策会議で、厚労省の中澤課長が418リストの時とまったく同じ答弁をいていました。「調査が目的で、患者に告知するという認識はなかった。」投与患者を対象に半年間も追跡調査までしているくせに。ふざけるな~~。

なぜ昨年418が問題になっていた時にこのリストを隠していたのか。故意に隠していたとしか考えられません。国の謝罪を1月15日に受けましたが、厚生労働省は謝罪はしても真摯に反省はしていません。418もいまだ究明されていないのに、こんなに大量の資料を隠していたのですから。

投与の事実を告知することが患者にとってどれほど大切なことか。命を救うことなのに。。隠蔽することは救える命を見殺しにしていることなのに。彼らは分かっているのと思います。分かっていながら国民の命より自分たちのメンツを優先しているのです。1月15日、私たちに謝罪してまわった高橋局長と黒川審議官の謝罪の言葉はなんだったのでしょうか。言葉だけがむなしくまだ私の頭の中に残っています。

                  でこぽん

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2008年2月 8日 (金)

感謝

国との和解が成立

4日の高裁期日には200人を超えるたくさんの方に来ていただきありがとうございました。5年間支えていただいたおかげでこの日を迎えることができました。

一人では何もできませんでした。ただ自分の不幸を嘆いているだけでした。4年前この訴訟に参加してやっと頭を上げ、前を向くことができました。「自分の被害を乗り越えたい」とひたすら走ってきましが、そこにはいつもだれかがいてくれました。家族、支援者、マスコミ、弁護団。いっしょに走ってきた実名原告の山口さん、えりちゃん、小林君。この訴訟で出会えたすべての人に感謝しています。

しかし、4年前の私と同じように、一人で苦しんでいるたくさんの患者さんのことを考えると、長い間この問題を放置していた国と田辺三菱への怒りがまたこみ上げてきます。これで終わりにしてはいけないと思います。

全面解決にはまだどれくらいの時間がかかるかわかりませんが、その日まで歩みをとめることなくやっていきたいと思います。

          でこぽん

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2008年2月 3日 (日)

福岡高裁

明日、和解成立

まだ実感がありません。きっと多くの支援者や弁護団と一緒に和解成立に立ち会えば実感がわいてくるのでしょうね。意見陳述もすることになっているので、今はそっちのほうが気がかりです。

5年に及ぶ裁判も明日で終結します。課題は多く残っていますが、節目を迎えてほっとしています。たくさんのことが浮かんできますが、その多くはつらいことや悔しかったこと、悲しかったこと。特に昨年秋からの怒涛の毎日は決して忘れることはないでしょう。明日の和解成立後はそんな感情にも少しは距離を置くことができればと思っています。

         でこぽん

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2008年1月29日 (火)

国会傍聴

29日はまた上京します。

衆議院予算委員会で、民主党の山井議員の質疑を傍聴する予定です。一般肝炎対策についての質問です。救済法成立で肝炎問題に幕引きされては、これまで闘ってきた意味がありません。今国会でぜひ医療費助成法案を審議してもらい、4月からみんな安心して治療できたらいいなと思っています。

明日のお天気が心配。今日熊本はとても寒くてずっと雨。阿蘇は大雪だったそうです。空港は阿蘇よりで、途中の道路が凍結していないか気がかり。朝早いから。

                   でこぽん

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2008年1月28日 (月)

相変わらずの毎日

基本合意書調印から2週間経ちました

先週から地元テレビ局の生出演が続き、それの事前打ち合わせや取材で毎日バタバタしています。熊本限定ですが、一応お知らせです。先週2局は終了。

1月28日、TKU

1月29日、NHK

2月1日、KKT,     いずれも夕方6時過ぎのニュースの枠です。また、2月2日はKKTで30分番組が放映される予定です。

            でこぽん

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2008年1月18日 (金)

 政府広報

我が家には折り込まれていませんでした

昨日17日は製剤が納入された全国7000の医療機関名が紙面で再度公表されました。

昨日空港からの帰りに取材を受け、家に着いたのは午後7時ごろ。当然届いている折込の政府広報がどこを探しても見当たりません。公表については、厚生労働委員会で何度も野党議員が要請しているのを傍聴していたので、それがやっと実現すると期待していました。

地元紙の記者からの電話で、国は新聞購読全家庭の4500万部ではなく、、3000万部しか配布していない、ということを知りました。たまたま我が家には配布されなかったのです。

15日に基本合意書調印、総理面談を終えたばかり。総理、大臣、官僚の謝罪を聞いた直後だけにまた不信感が募ってきました。

リストの公表は、感染に気付いてもらい治療をうながすため、また感染経路を知るため。国民の命の重さを考えたら当然全家庭に配布すべきです。

口先だけ。国のすることには真摯な気持ち、誠実な気持ちが感じられません。「国会で大臣が答弁したからやりました。」そんな官僚達の言葉が聞こえてきそうです。

            でこぽん

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基本合意書調印式、総理面談

国のトップから謝罪をうけました

15日4時、厚生労働省での基本合意書調印式。原告61人と弁護団あわせて約100人が参加しました。

舛添大臣が姿を現す直前、医薬食品局の高橋局長と黒川審議官が「申し訳ございませんでした。お詫びを申し上げます。」と私たち原告の席を回って謝りはじめました。とても小さな声で頭を下げ始めました。これまでこの二人の答弁を何度も聞いてきました。自分たちの責任は絶対認めない、シラを通し続ける。私たちを苦しめてきた担当者のお詫びの言葉に驚きましたが素直に受け取ることはまだできませんでした。

基本合意書が読み上げられ、大臣、山口さん、鈴木弁護士が調印。大臣の謝罪を受けました。国の責任を認め、二度とこのような薬害が起きないよう努力することを約束されました。

その後官邸に移動。5時から総理面談。私は今回初めて官邸に入りました。山口さんの後に発言することが決まっていたので、前列に座りました。匿名原告と弁護団は奥の席に。

国側は総理、大臣、与党PTメンバー(坂口さん、川崎さんは前厚労大臣でした)、野党議員は同席していませんでした。

総理の挨拶後、2分間与えられたので発言しました。解決に向けて政治決断をしていただいたことへの感謝の気持ち、これまで5年間闘ってきた思い(国がどんなに冷酷な態度だったかなど)、最後に原告だけではなくすべての患者の救済をお願いしました。

6時から厚労省で最後の会見。みんな笑顔でした。この日を迎えられたことがまだ信じられません。でも、闘ってきてよかった、と心からそう思えた一日でした。

                 でこぽん

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2008年1月 6日 (日)

法案提出へ

明日からまた東京です

一週間休んで、今日は新聞社の取材をうけました。明日もスケジュール満載のようです。

解決へ向かっているのにぜんぜん晴れない私の気持ちを察してKIYOさんがエールを送ってくれました。

被告たちの悪意を目の当たりにするたびに何度もくじけそうになりました。特に9月以降の東京行動では大阪高裁にも、舛添大臣にも、福田総理にも期待しましたが、私たちの思いは届きませんでした。

24日の時点では協議も難航するのでは、と危惧していたのですが、与党の法案骨子には私たちの主張が全面的に受け入れられました。これまで何度も何度も国には冷酷な扱いを受けてきました。そして政治に翻弄されてきました。なぜここにきてこんなにあっさり?と素直に受け止められないでいます。私たちの命の重さにやっと気付いてくれたのならこれまでの不信感も拭えますが。

厳しい状況のなか、踏ん張ってきたのは自分たちのやっていることが正しいと信じていたから。そしてその私たちの思いを支えてくださるたくさんの人がいてくれたから。全面解決までまだ気が抜けません。引き続き応援してください。

               でこぽん

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2008年1月 2日 (水)

新年はリハビリ

新年おめでとうございます

昨年はたくさんの方に応援していただき、ほんとうに感謝しています。

五年間続いたこの訴訟も議員立法による一律救済という形で解決に向けてやっと動き出しました。7日には法案提出、そして遅くとも11日までには成立するということです。

昨年末は状況の変化についていくのがやっとでした。20日に和解協議が決裂、翌日福岡でも記者会見をこなし熊本に帰り着きました。23日には福田総理の議員立法による一律救済表明をうけて福岡で会見。24日急遽上京し、25日総理面談、28日には法案骨子がまとまりました。

わずか10日間で一気に解決へ動きだし、やっと厳しい闘いからも開放されると思うとほっとしています。一方、被告である厚生労働省、政府関係者、田辺三菱と直接対峙してきたこの4年間のさまざまなことが頭のなかをぐるぐる回っています。それは法廷の中であったり、国会の中であったり。さまざまな場面で被告らの言葉や態度に耐えられないほど嫌な思いをしてきました。解決目前の今になって嫌なことが次々に浮かんでくるのって、私の性格に問題ありですか?悲しい気持ちで一杯です。

7日からまた上京します。法案成立を見届けるために。それまでにはこの弱気な気持ちも立て直して。

           でこぽん

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2007年12月23日 (日)

全員一律救済へ

福田総理が決断

20日の和解協議決裂をうけて21日福岡で記者会見。その後熊本に帰り、昨日は何もせず、何も考えられず、ひたすら横になっていました。

福岡での記者会見では涙が止まりませんでした。会見を終えて熊本に帰り、駅に迎えにきてくれた夫に車のなかで言われました。「体のことが心配。妥協してもいいから一日でも早く和解してくれ」考えもしなかった夫の言葉に、言葉では反論しましたが、家族の気持ちもよくわかりました。

これから一体どうなるのか。先が見えないだけに不安だけが大きくなりました。しかし、譲歩だけはしない。譲歩したとたんに足元をすくわれる、そう思っていました。

そんな中、今朝福田総理の決断の一方が入ってきました。議員立法で全員一律救済を実現する、というものでした。大阪高裁での和解第二案にも期待が持てないと思っていただけに、私にとっては朗報でした。しかし、まだ何も実現していません。喜ぶには早すぎます。これまで何度も何度も国に裏切られてきました。政治に翻弄されてきました。明日から再び上京し、この法案の成立を見届けたいと思います。

                  でこぽん

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2007年12月15日 (土)

街頭活動

各地で街頭活動が行われました

13日の和解案提示をうけて、今日は各地で原告団総会、その後、街頭活動を行いました。

福岡では原告数も70名?ほどに増え、初めて参加された原告さんは、闘病生活の苦しさや、薬害と知ったときの気持ち、裁判への思いなどを話されました。そして、大阪高裁の和解案受け入れを拒否し、全員救済へ向けて政治決断を求めていくことを確認しました。

その後、買い物客でごったがえす天神三越前で街頭活動。用意したビラもあっという間になくなり、署名をお願いすると気持ちよく応じてくれました。テレビでいつも見ています、がんばってください、福田さんはいないの?など、これまでにない反応にびっくり。約一時間の街頭でしたが、とても励まされました。

帰りの電車のなかで、街頭活動のニュースを見た熊本の支援の方からさっそく電話があり、熊本でもぜひやりましょう、と言っていただきました。なかなか熊本にいる時間がないのですが、今度私が熊本に帰った時すぐできるよう準備しておくとのことでした。

明日からまた上京します。世論の盛り上がりを肌で感じています。解決の時がいつくるのか、これまで想像もつきませんでした。しかし、その時がやっと来たような気がします。

一歩も譲歩することなく、自分が信じてきたことを訴え続けていきたいと思っています。

         でこぽん

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2007年12月14日 (金)

和解骨子案

予想どうりの内容でした。

昨日大阪高裁から出された和解骨子は、私たちが受け入れられる内容ではなく、即刻拒否しました。

既存提訴者については東京判決を基準として線引きするものの、敗訴原告には別の名目で金銭を支払い、それで私たちを納得させようとしています。またこれから提訴する者にたいしては、東京判決基準をあてはめる、というまったく筋の通っていない案でした。

大阪高裁が和解勧告を出した時点では、この和解協議に期待していたのですが、こんな腰のくだけた、弱気の和解案になろうとは思っていませんでした。結局裁判所はなんらリーダーシップをとるどころか、官僚の言いなりになっているとしか思えません。

この和解案を見越して、10日に福田総理の政治決断を求めて官邸前行動を行いました。急な計画にもかかわらず、300人の人が駆けつけてくれました。結局面談どころか、面談の約束さえ取り付けられない結果に終わりましたが、これから私たちは総理に真剣勝負をいどんでいく覚悟でいます。

原告の全員一律救済、一歩も譲れません。

                でこぽん

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2007年12月 8日 (土)

官邸前行動

和解骨子13日に提示

大阪高裁での和解協議が難航しています。先週出されるはずだった骨子案も一週間先延ばしになりました。

国が主張する東京判決基準では多くの被害者が切り捨てられることになります。既存提訴者については国は一括して一時金を支払い、それを原告で分配することで全員救済を行う、といっています。しかし、これから提訴する被害者は東京判決を基準に線引きされることになります。同じ薬害被害者であるのに、原告になった時期で救済されたり、されなかったり、絶対納得できません。また、こんな和解案では国の責任があいまいになります。来週は「切り捨ては許しません」をキャッチコピーにまた東京で行動します。

大阪高裁が和解骨子案を提示する前に、福田総理に政治決断を要求します。12月10日、5時、官邸前行動。来週が最大の山場、正念場、クライマックスになります。私個人としては、上記のような中途半端な和解案であるなら受け入れられません。

               でこぽん

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大臣面談と追加提訴

今週もいろいろありました

大臣面談のため、一日予定を早めて上京。大臣は謝罪の言葉を原告の前で初めて口にされましたが、和解協議が難航しているなか、私の心にはまったくその言葉が響いてきませんでした。

翌日は418リストに載った加地智子さんの追加提訴の記者会見に同席しました。彼女のケースは国と田辺三菱の悪意そのもの。投与が1991年という信じられない時期でした。C型肝炎ウイルスのスクリーニングも始まった後の投与なのですから。彼女は国の主張する東京判決基準では線引きの対象になります。国は1988年に緊急安全情報を出したことで責任はない、といっていますが、彼女への投与はいったいだれの責任になるのでしょうか。安全情報を出しただけではまったく危険性を回避できていなかったことになります。

彼女は私と似ています。途中で治療をやめてしまっています。私も10年間という長い間病院に行きませんでした。肝炎であることを忘れて暮らしたかった、病気のことを考えたくなかった、病気に振り回される生活に嫌気がさしたから。私は提訴と同時に治療を再開しました。2004年のことです。もし、2002年、リストができた時点で製剤投与の事実を知らされていれば私もその時点で治療を始めていました。私にとっては2年、彼女にとっては5年の空白というのがとても大切な時間だったのです。

「人の命を大切にしてほしいから」加地さんは実名公表の理由をそう話しました。心強い仲間がまた増えてがんばっていけそうです。

             でこぽん

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2007年12月 3日 (月)

いよいよ

先週も盛りだくさん

刻々と動く状況についていくのがやっとです。

26日は調査チームのヒアリングを受けました。西川副大臣、松浪議員、厚生官僚、弁護士ら約10人ほどいたでしょうか。こちらは古賀弁護士と二人。弁護士は基本的にはしゃべらない、ということでした。約1時間にわたっておもに西川副大臣から質問がありました。内容は、国に責任がない、ということを誘導しようとするかのような質問が目立ちました。

話はとびますが、最終報告で牛尾審議官が、「患者はフィブリノゲン投与を医師から告知されたことを忘れているのではないか」と発言していました。私は産科の医師からも内科の医師からも一切告知されていないことをヒアリングで答えています。にもかかわらず、こんな発言をするなんて信じられません。人をばかにしています。中間報告では、告知を医師の責任に転嫁、最終報告では患者が忘れた、と患者に責任を転嫁しています。

最終報告書には私たちが期待したものは何もありませんでした。国の責任を逃れるための調査チームでしかありません。真相究明にはほど遠く、国はどこを向いて調査していたのか。このままうやむやにすることは許されません。命のリストなのですから。

なかなか更新ができません。明日また急遽上京することになりました。今週中には大阪高裁の和解骨子が提示され、いよいよ解決の山場をむかえます。どんな内容であれ、私たちは、線引きのない、原告全員の救済を求め続けるしかありません。

                  でこぽん

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2007年11月26日 (月)

田辺三菱への抗議

3日前のことですが、

大勢の方と一緒にデモ行進をしました。ありがとうございました。

とても寒い日でしたが、たくさんの方の支援を受けて温まりました。

田辺三菱のシャッターは閉まり、私たちの抗議に対して何の反応もありませんでした。これまでも、この企業は国の後ろに隠れて自らの姿勢を原告に示したことはありません。5地裁の判決で負け続けているにもかかわらず、謝罪の言葉さえなく、418リスト問題にしても、厚生労働省から指示がなければ自ら進んで調査しようというという意思もありません。一万人という感染者を出した責任は重く、いつまでももうひとつの被告である国の態度をうかがっているばかりではなく、誠実に対応すべきです。

明日からまた上京します。7週目になります。山口さんやえりちゃんは9月からずっとです。東京での活動は体力的にも精神的にもぼろぼろになることがありますが、3人でなんとか励ましあってふんばっています。最近は家族よりも多くの時間を一緒にすごしていています。「いつまで続くの?」と先が読めませんが、それでも国会で私たちを応援してくださる議員や、ときどき上京してくる弁護団に励まされながら永田町と霞ヶ関を行ったりきたりしています。

今週は、調査チームの最終報告や全国一斉提訴など、盛りだくさんな一週間になりそうです。

            でこぽん

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2007年11月24日 (土)

418リスト

昨夜大阪から帰ってきました。

今週もいろいろありました。418リストですでに38人の方が亡くなられていました。厚労省の中澤課長は、38人の死亡原因などについて調査する意思がないと答弁していました。理由は、「418の調査は受診をうながすためで、亡くなった方は関係ない。」から。あいた口がふさがりませんでした。2002年の段階で亡くなられた方がどんな状況だったのか、それが明らかになると、厚労省の責任は逃れようがありません。だからそんな調査はするはずがないのです。舛添大臣が国会で「知りたい」と答弁していても。大臣の答弁ってこんなに薄っぺらいものなのでしょうか。

また、22日には418リスト問題の調査チームの中間発表がありました。大阪にいたので、その日のニュースでおおまかなことをしりましたが、西川京子副大臣の会見は前代未聞でした。笑いながら、「5、6人で1987年のことまで調査できるわけないでしょ」「肝炎って熱がぱーっとでて、その後治るんですよ」と言っていました。こんな人が調査チームのトップなのですから、はじめからちゃんとやろうという気持ちなんて持っていなかったのです。

国の調査はまったく進んでいません。理由は調査をして明らかになると困るからです。だから陳腐な理由をつけて先延ばしにしています。大阪高裁が和解の骨子案を出すまでは、なんとしてでも自分たちに不利な情報は出したくないのです。

厚労省の肝炎ホットラインはパンク寸前と聞いています。自分の感染原因を知りたい、という患者の気持ちを彼らは理解しているとはおもえません。目の前に418名の詳細な情報があるにもかかわらず、何もやらないのですから。

                      でこぽん

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2007年11月13日 (火)

福岡高裁でも和解勧告

昨日は福岡高裁期日でした

先週7日は大阪高裁で和解勧告がでました。その後、東京で舛添大臣との初めての面談が実現。解決へ向けての大きな一歩を踏み出しました。

大臣面談は約30分。手を上げて、にこやかに会議室に入ってこられた大臣には強い違和感を感じました。たしかに和解の意思を示されたことは、歴代大臣とは違い、期待したい、という気持ちはありますが。

この1ヶ月ずっと国会で大臣や官僚の答弁をつぶさに見てきました。「全力でこの問題を解決する」と何度も発言されていますが、具体的なこととなると、医療費助成のことだけしか明らかにされていません。明言された418人への告知や、7000の製剤納入機関の新聞紙上への再公表など、何ひとつ進展していません。

インターフェロン治療費助成をもってこの問題に幕を引こうとしているのではないか、と疑っています。

大臣には「加害者の長」である自覚をもっていただきたい。法的責任を認めたうえでの施策でなければ本当に被害者の救済はできないと思います。

昨日は福岡高裁でも和解勧告が出され、解決への流れが加速しました。しかし、これからが正念場。私たちが望む全面解決を勝ち取るために、中途半端な和解だけは避けたいと思います。そのためにはこの1ヶ月間、悔いのないように闘っていくつもりでいます。

                    でこぽん

                    

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2007年11月11日 (日)

明日11/12は福岡高裁

明日11/12は14:00~福岡高裁の期日となっています。
福田衣里子さんら原告の意見陳述が予定されており、大阪高裁の和解勧告後の始めての裁判としても注目されています。

13:00~裁判所前集会、13:30~傍聴の整理券配布となっているようです。

Simg_0020 Simg_0025 私は行けませんが、大分からは4~5名駆けつけるようになっています。参加可能な人は是非ご参加下さい。(KIYO)

*写真は11/3の大分の集会での小林さんと出田さんです。

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2007年11月 5日 (月)

リスト問題

連日がんばっていました

いろいろあって更新が滞っていましたが、なんとかふんばっていました。

418名のリスト問題では、ベネシスに個人情報の開示請求していましたが、返事がないので直接回答をもらいに大阪に行ってきました。

ベネシスの担当者は私の目の前で「現段階では特定できないので調査中」と回答しました。一日のことです。しかし、30日にはすでに出産病院に出向き、医師から「この調査票は出田さんです」という返事をもらっていたのです。ベネシスは嘘をつきました。

舛添大臣の前で418名の特定に全力をつくす、といっておきながらまだ隠蔽しようとしています。悪意があるとしか考えられません。患者の命などさらさら眼中にないのです。

東京で行動していると、普通の感覚が麻痺してきます。厚生官僚や被告企業との対峙は耐えられないほどの苦痛です。

また明日から上京します。7日の大阪高裁が最大の山場になります。

       でこぽん

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2007年9月19日 (水)

過酷な2週間

しばらく休めそう

昨日は東京で原弁会議、その後集会。今日は午前中議員会館で、民主党の肝炎対策作業部会の会議に出席する議員さんたちにご挨拶に行きました。といっても会議室の入り口で待ち伏せしていたのですが。

やっと少し休めます。思っていた以上に疲れていました。昨夜は支援者との懇親会もキャンセルして早めに休みました。ぜんぜん眠れず、身体が痛くて、「これってひょっとして熱がある?」と12時ごろフロントに電話して体温計を借りました。微熱かな?と思っていたのですが、39度もありました。解熱剤をもらってやっと眠ることができました。

そういえば集会の時も足腰が痛くて気分も最悪でした。今朝は熱も下がり、無事に家に帰ることが出来ました。

2週間「肝炎」だけ。他は何もしておらず、個人的には空しい気分。空港からの帰り道、いつも買い物にいく大好きなショッピングモールに行って気分転換。明日から引きこもって少し休みます。

エリちゃんは明日までひとりで永田町でがんばっています。民主党の肝炎対策法案も今国会に提出が決まり、また高裁では和解に向けて動き出しつつあります。この2週の成果は大きかったようです。

             でこぽん

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2007年9月16日 (日)

仙台判決

予想外のことばかり

6日に仙台便が台風で欠航して博多に一泊。(ずいぶんと古い話題ですね)13日に帰ったものの、14日の大阪高裁傍聴と福岡での記者会見をこなし、また明日は東京です。疲れがピークで、昨夜は寝ている時に足が4回もつってほとんど眠れませんでした。陸上の末次選手もこんな感じだったのかな。棒高跳びの澤野選手も。

仙台判決は傍聴できず、不当判決の一報は羽田に着いたときに聞きました。これまで裁判所で聞いてきた、国の主張を丸呑みにした判決に怒りを覚えました。女性裁判長ということで期待していたのですが、原告の被害、苦しみには全く考慮のかけらもない信じられない判決でした。

先行する4地裁で国の責任が断罪されたというのに、水をさした仙台判決にその日は意気消沈。週明けから始まる抗議の座り込みでなんとか政治解決の糸口を、と期待しました。

座り込みは3日間。舛添大臣との面談や、大阪高裁の和解の意向を受け入れさせる、などを目標に全国から30人の原告が集まりました。3日間ずっと雨、かっぱを着てずぶぬれになりながらの座り込みは厳しいものでした。一日中外で被害を訴える、本当はやりたくないのです。私は合間をぬって弁護士と議員会館を回りました。直前に民主党の法案提出が決まり、また、与党PTも医療費助成について検討するなどの報道がなされ、政治解決にむけてこれまでにない流れを感じることができました。

12日、最終日は午後から衆議院本会議傍聴のために、1時には衆議院で待機していました。民主党の長妻議員が代表質問で、安倍総理に肝炎問題についても質問してくださる、ということで、おおいに期待していました。ところがまさかの安倍さんの辞意表明。本会議も中止になり、大臣面談を求めての座り込みも当然止めざるをえませんでした。「なんで今日なの」というのが素朴な感想。そんな中で、大阪高裁が和解の上申書を受け取り和解の意向を示しそうだ、という、解決への糸口を獲得して、今回の抗議行動は終わりました。

雨の中、テントの設営や泊り込みをしていただいた支援の方、ほんとうにありがとうございました。2度座り込みをやりましたが、3度はやりたくありません。昨日大阪高裁が和解の意向を示しました。裁判所の意向を真摯に受け止めて、被告には誠実な対応を求めます。

            でこぽん

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2007年8月11日 (土)

国、企業控訴

4度目の控訴です。

もう4度目となると驚きも落胆もしませんが、厚生労働省はいったい何を考えて仕事をしているのか?と聞きたくなります。国民の方など全く向いていません。ただ自分たちの非を認めたくない、官僚のメンツを保ちたい、それだけで裁判を引き伸ばしているとしか思えません。これ以上何度判決を聞いても原告勝訴は明らかです。控訴をいたずらに繰り返し、最高裁まで裁判を続けなければ非を認められないというならば、あまりにも愚かです。国民のために仕事をしない官僚は必要ありません。国会議員は選挙で国民の信任が得られなかったら失脚しますが、官僚にも何らかの制度があったら、この国も変わると思います。

原爆症訴訟についても今日国は控訴しました。安倍総理が面談までしているのに、総理のリーダーシップも期待できないということでしょうか。原爆症も肝炎もひと山もふた山も越えなければ解決は見えてこないかもしれません。しかし、どんなに困難でも、これからも断固として闘っていきたいと思っています。

               でこぽん

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2007年8月 5日 (日)

全面勝訴

線引きなし、クリスマシン勝訴

待ち望んだ全面勝訴判決でした。これまでの判決は、私たちの主張が全部認められず悔しい思いをしましたが、今度はスッキリしました。私は名古屋には行かず、翌日の東京行動から参加しましたが、原告も弁護団もみんな笑顔だったのが印象的でした。いつも怒ったり泣いたりの私たちですが、やはり笑顔が一番です。今度は原告だけではなく、全国の患者さんの笑顔を見たいと思いました。

3日夜帰ってきましたが、疲れがひどくずっと休んでいました。東京行動の詳細はまた更新します。

                   でこぽん

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2007年7月15日 (日)

雨の合間に

勉強会と公開授業

少し前のことになりますが、7月5日は熊本市内にあるひまわり薬局で、薬害肝炎の勉強会を開いてくださり、一時間ほど薬学生にお話してきました。

また、7月9日は、玉名の九州看護福祉大学の公開講座に呼んでいただきました。社会福祉学部の学生さんや、教官、合わせて200人ほどの方が熱心に聴いてくれました。

講義のあと、いつも感想文を書いてくれます。多くの学生は、薬害肝炎訴訟、C型肝炎という言葉はマスコミ報道で聞いたことはあるが、その内容についてはほとんど知らなかった、と書いています。実際、肝炎は風邪のようなものですぐ治る、空気感染する、そう思っていた人がたくさんいました。

私は当事者なので当たり前と思っていることでも、世間ではまだまだ理解されていないことがよくわかりました。3地裁の判決が出て、私たち原告の活動も最近は政治解決のために議員要請などを主にやっています。しかし、もっともっと多くの人に真実を伝えていかなければならない、とあらためて原点に帰る必要性を感じました。

公開講座にはハンセン病元患者さんの、中さんご夫妻も来てくださり、帰りには最近有名になってきた、玉名ラーメンを一緒に食べました。7月23日には中さんがお話されます。

                             でこぽん

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2007年7月 5日 (木)

街頭活動

街頭活動に協力してください。

7月8日(日)、午後2時より、下通りダイエー前

早期解決を呼びかけるビラ、1000枚を配ります。今回は署名はしません。お時間のある方よろしくお願いします。

25日の官邸前行動で塩崎官房長官は「政府を信じてもうしばらく待っていただきたい」と政治解決を約束しました。しかし、もうしばらくがどのくらいの時間なのか、一切具体的には示されませんでした。原告団はその後、与党PTにおけるヒアリングの開催を要請しましたがまだ返事がありません。

私たち原告の生の声、実際の被害を聞かないことには先に進まないと思うのですが。山口さんが中川政調会長や塩崎官房長官と面談した時、お二人とも肝炎問題について知らなすぎる、と言っていました。これまで厚労省の役人の、自分たちに都合のいい話だけしか聞いていないのでしょうから。

一日も早く政府が解決へ動き出すよう、街頭でアピールしてきます。

               でこぽん

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2007年6月27日 (水)

ゼロ回答

官邸の返事は、「政府を信じてください」

6月25日、全国から官邸前に駆けつけていただいた400人の皆さん、ありがとうございました。

今度こそは、と大きな期待を持ってのぞみましたが、結局政府はこれまでと何ら変わらない対応に終始しました。「政府を信じ、もうしばらく待っていただきたい。」と塩崎官房長官は繰り返したのみでした。それでも山口代表は、「何かひとつでも具体的なことを約束してください」とくいさがったそうですが、それに対する返事はありませんでした。

いったい政府の何をどう信じればいいのか。今は怒りと不信感だけしかありません。官房長官との面談が、まさかゼロ回答とは思ってもみませんでした。だれも決断しない、だれもリーダーシップをとらない、陳腐な理由をつけて先送りしているだけにしか聞こえません。

全国から結集した400人の原告、支援者は、「官房面談」ということで抗議行動を中止して官邸前で結果を見守っていただけに、この結果には納得できるわけがありません。

しかし、「信じてください」という言葉が出た以上は政府も対応を取らざるを得ない状況にあるのですから、私たちはこれからも解決に向けて突き進んでいくしかありません。

             でこぽん

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2007年6月23日 (土)

昨日は日帰りで東京に行ってきました。

25日の総理決断要請行動に向けて原告、弁護団、支援が今必死に活動しています。私も昨日は議員面談のためにきゅうきょ上京しました。一年前、初めて議員会館をまわる「国会ローラー」を経験しました。まだ大阪判決も出ていない時期で、対応も冷たく、秘書が資料だけ受け取る、という態度でした。それから一年、3度の勝訴判決を勝ち取り、国会議員の意識も変わってきました。そしていよいよあっさって、官邸に直接抗議します。一気に解決に突き進むことを期待しています。最近のいろいろな訴訟を見てもそんなに甘くはないことは承知していますが、ここまでこれたことに少々感動しています。

熊本からは支援の60代の女性も体調の悪い中参加してくれます。この方は肝臓ガンに進行して現在治療中ですが、熊本支援の会の中心メンバーのひとりです。お気持ちは私たち原告の思いと一緒です。支えてくださった方のためにも25日は精一杯のことをやってきます。私たちは今がこれ以上ない大きな山場ととらえています。一人でも多くの参加をお願いします。

                          でこぽん

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2007年6月21日 (木)

官邸に抗議

もう待てない、総理決断要求行動

6月25日、直接安倍総理に対して抗議します。今私たち原告の怒りは頂点に達しています。何度も国には裏切られてきました。肝炎に感染したこと、その原因をずっと隠していたこと、司法判断を軽視したこと、そして今度は解決への努力を約束したにもかかわらず何ら進展していないこと。

そんな国政の代表者である安倍総理に決断をせまります。今回は500人規模の抗議行動を目指しています。今、必死で参加者を募っているところです。九州からは100人~150人の参加を目指しています。熊本からも支援者、原告とその家族が多数上京します。ぜひ、参加してください。また、関東地方にお住まいのお知り合いに声をかけてください。

               でこぽん

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2007年6月19日 (火)

全国一斉追加提訴

第3陣が今日追加提訴しました。

今日は梅雨の晴れ間、はりきって洗濯機を回していたところへ古賀弁護士からの電話、きゅうきょ福岡での記者会見へ行ってきました。政府が解決要請書を受け取ったにもかかわらず何も変わっていないこの現状に抗議する意味で10名の追加提訴が行われました。これで原告は172名となりました。

九州では4人。お一人はもう亡くなられています。記者会見では「命の時間は限られている、一日も早い救済を総理に求めたい」というようなことを話しました。国はどれだけ先送りにするつもりでしょうか。私たち原告の怒りは頂点に達しています。約束はきちんと果たしてもらいたいのです。国民はばかではありません。今日、薬害肝炎解決のための再要請書が官邸に提出されています。

今日の裁判所での入廷行動は古賀弁護士のブログを見てください。バージョンアップしていて、動画になっていました。

               でこぽん

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2007年6月 2日 (土)

原告団総会

明日上京します。座り込みから2ヶ月振りです。

3日は原告団総会と原弁会議、4日は厚生労働省前での抗議行動が予定されています。

私たちの現状は地裁、高裁での審理、政治解決を求める活動、世論喚起のための活動と、だんだん広がってきています。これまで何度も上京して積み重ねてきたことが、(何度も落胆してきましたが)早く実を結ぶように、今ががんばりどきなのです。

この一週間のニュースを見ると、東京大気汚染訴訟やカネミ油症事件が解決へ向けて動きだしています。原告にとって納得できる解決がなされることを願うばかりです。

        でこぽん

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2007年5月26日 (土)

ダイイン

24日、日比谷公園でダイイン

今回私は参加しませんでしたが、九州からは山口さん、福田さんが上京しました。

毎日120人もの人が肝臓病で亡くなっている現状を訴えるために、厚生労働省近くの日比谷公園で肝炎患者120人がダイインというパフォーマンスを行いました。

昨夜のニュースでその様子を見ました。東京判決後に座り込みをした同じ場所でした。参加者は、横たわっていた5分間、どんなことを考えていたのでしょうか。亡くなっていった人達のこと、自分の病状のこと、治療のことなどでしょうか。

なぜ自分が肝癌で死んでいくのか、その原因さえ知らずに多くの人が今日も亡くなっています。1日に120人、1年間に4万人、こんなにもたくさんの命が失われていくのになぜ国は傍観者でいられるのでしょうか。「訴えられている以上は争う」と、柳沢大臣は言っていますが、肝炎問題は訴訟以前に当然国が対策を取るべき問題なのです。

日比谷公園での座り込みからもう2ヶ月。全面解決要請書を政府は受け取ったものの、その後の動きはぜんぜん見えてきません。あれは参院選を前にしたパフォーマンスだったのかと疑いたくなります。

        でこぽん

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2007年5月23日 (水)

高裁も無事終了

国の意見陳述はプレゼン?

21日はたくさんの方に傍聴に来ていただきありがとうございました。終わってほっとしています。私は3度の司法判断を軽視する国の態度は、患者の命をも軽視していることだと訴えました。きっとこの思いが裁判所に届いていると信じています。

今回初めて国の意見陳述を聞きました。「フィブリノゲンは有効だ」という話を延々一時間も聞かされました。一審であれだけ争ったことをまた蒸し返していました。今回はパワーポイントを使っていて、4人の代理人が「効く、効く」を連発。国はどこまでも争うつもりだとわかり、また腹が立ってきました。

進行協議の時、「次回もプレゼンします。」と国と三菱の代理人が発言しました。法廷での意見陳述は彼らにとってはプレゼンテーションなのです。直前に陳述を終えていた私は「ばかにするな」と叫びたかったです。国も愚かなら代理人も愚かです。きっと私たちの陳述を聞いても彼らには何ひとつ響くものはないのです。

勝たなければいけない、と強く思いました。

             でこぽん

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kousai

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2007年5月20日 (日)

傍聴のお誘い

明日5月21日は高裁期日です。

1時、裁判所前集合で、2時から始まります。

高裁では2度目の期日となります。お近くの方、お時間がある方、ぜひ傍聴においでください。

昨日意見陳述の最終打ち合わせに午後から福岡に行ってきました。3回目の陳述になるわけですが、なかなかうまくいかず、帰ったのは12時を過ぎていました。明日もぎりぎりの時間まで準備に追われることになりそうです。「出田さんの思いを出田さんらしい言葉で」といわれるのですが、気持ちを言葉にして、しかも聞いている人たちに理解してもらうことはとても難しく感じています。

明日は国も陳述するようです。どんなことを言ってくるのか。きっと腹が立つことでしょう。国に負けないよう、しっかり頑張ってきます。応援してください。

               でこぽん

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2007年5月15日 (火)

健康祭りと母の日

今回もまとめて更新します。

21日に高裁で意見陳述をします。その打ち合わせで数回福岡へ行ってきました。先週は打ち合わせ後、原告の集まりである「つばさの会」、その後支援連絡会に参加してきました。原告どうし、そして支援の方達と貴重な情報交換ができました。

13日は熊本市の江津湖公園で開催された「健康祭り」というイベントに、熊本支援の会で参加しました。不用品を持ち寄ってのバザー、一分間スピーチ、ビラ配りと署名、などをやってきました。お天気がよかったせいか人出も多く、たくさんの人に薬害肝炎問題をアピールしてきました。バザーの収益は支援の会の活動資金となります。

13日はもうひとつ、「母の日」でした。隣に住む義母はお花が大好き、今年はゼラニュームの新種(名前は忘れました)をプレゼントしました。一方、離れて暮す息子たちからは私の元へメールのひとつも無くがっかり、まあ予想はしていたのですが。

そんな私は、「母の日」の贈り物のことで頭が一杯で、翌日の14日が夫の誕生日というのをすっかり忘れていたのでした。子ども達ばかりを責められませんね。きっと私に似たのでしょう。

          でこぽん

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2007年5月 8日 (火)

連休も終わって

連休明けで、まだぼーっとしています。

4月の後半、27日は熊本大学の授業に呼ばれて、100人くらいの学生さんの前で話してきました。以前は被害を中心に話していたのですが、3回の判決が出ているので、最近は判決のことや、判決後の心境などにも触れるようにしています。現在進行中の裁判でもあり、多くの学生さんが薬害問題を知るきっかけになってくれれば、と願っています。

30日はKIYOさんもアップされていましたが、大分のソフトボール大会に参加。二回目です。子どもから大人までたくさんの人がソフトと、ちゃんこ鍋を楽しみました。その後別府の温泉で汗を流すのですが、この温泉が行ってびっくりの温泉なのです。どんな風にびっくりなのかは、ぜひ来年参加して体験してください。30日は徳田先生のお誕生日でもあり、懇親会も盛り上がりました。毎年行きたくなるようなイベントでした。

後半はずっとお天気も悪く、家の中と庭の片付けをしていました。子ども達がいなくなって一年も経つのに子ども部屋がそのままに。それどころか、だんだんと荷物置き場と化してきました。3日間がんばったけれど、やはり捨てられないのです。子どもの服や本やノートや、もろもろのものが。5月中になんとかスッキリしたいです。

                    でこぽん

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2007年4月24日 (火)

最近の活動は、、、

ずっと更新していなかったので、何から書いていいのか、、、。

しばらくは本当に疲れていて、東京のことなどもっとアップする予定だったのですが、とうとうそのままになってしまいました。気が付けばあれからもう一ヶ月。先週やっと頼まれていた原稿を書いてしまいました。自分の文章力のなさに落ち込みながら書いていたのですが、書いていて涙が出てきてとまらなくなったりもしました。本の題名は、「ハンセン病・薬害問題、プロジェクト作為・不作為へ」。玉名の九州看護福祉大学の山本先生に頼まれたもので、10人ほどの共著になっています。自分の書いた稚拙な文章が本になるなんて恐ろしい限りです。きっと出来上がっても自分の書いた部分は見れないような気がします。というわけで、気がかりなことがなくなったのですが、28日には熊本大学の授業に呼ばれています。支援の小松先生の「人権と性」という講座の一コマに薬害肝炎を取り上げていただきました。今年で二度目になります。

で、いよいよ連休に突入するわけです。30日は大分のソフトボール大会に行くつもりです。連休後半はどこにも行きません。家のお掃除と、夏になるとジャングルと化する庭を今年こそなんとかすべく、夫と頑張る予定です。

           でこぽん

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2007年3月21日 (水)

東京判決

23日、いよいよ東京判決です。

大阪、福岡、両判決を大きく超える判決であることを期待しています。そして三度国の責任が問われれば、国も何らかの対応をとってくれると信じたいです。

明日から私も上京します。前夜集会、判決、交渉と、東京行動も三度目。今回は過去二回と違って国会開催中なので、するべきことがたくさんあります。今度こそ柳沢大臣を交渉の席に連れてきて、解決をせまりたいと意気込んでいます。精一杯のことをやってきますので、応援していてくださいね。

東京判決が原告だけではなく、多くの患者さんを励ます判決であることを本当に願っています。

             でこぽん

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2007年3月 7日 (水)

東京行動

2泊3日で東京に行ってきました。正直いって、とても疲れました。

4日は東京判決前夜集会で歌う「きずな」という歌の歌唱指導がありました。これは湯川れいこさんの作詞で、とてもじ~~~んとくる歌でした。

その後全国弁原会議。明日の国会ローラーの打ち合わせと東京判決に向けて一致団結して闘うことを確認しました。九州からは7人の原告が参加しました。

5日は国会ローラー。私は3回目です。過去2回は国会が休みの時期で、議員本人と直接面会というより秘書対応が多かったのですが、今回は事前にアポが取ってあり数人の議員と面会することができました。6日は政党ヒアリング、そしてまた議員会館巡り、あっちへ行ったりこっちへ行ったりの繰り返しでした。今回は主に厚生労働委員会所属議員にしぼったこともあり、肝炎問題をまったく知らない人はいませんでした。しかし、野党議員の熱心な対応に比べて、与党自民党の先生方の対応は冷ややかなものでした。会ってくれただけでも進歩したのかもしれませんが、ふんぞり返ったような態度にがっがり。まだまだ壁は厚く、ハードルは高いのです。

議員会館ロビーはたくさんの人でごったがえしていました。東京判決後にまた訪ねることになるのでしょうが、偉い先生方の態度を変えるのは、やはり完全勝訴と世論の高まりが必要だと感じた3日間でした。

             でこぽん

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2007年2月22日 (木)

控訴審

19日の第一回控訴審、傍聴ありがとうございました

初めての高裁、どんな様子かな、と思っていましたが、地裁とあまり変わりませんでした。気付いたことといえば、傍聴券が地裁は画用紙でしたが、今度はコピー用紙でした。法廷は3階が5階になっていました。傍聴券抽選の時、かなりの人、170人くらい並んでいたので職員の対応が大変そうでした。どうでもいいことですが。

相変わらず盛りだくさんの一日でした。前回敗訴したクリスマシンについて絶対勝たなければ、という思いを強くしました。一審ではフィブリノゲンばかりが取り上げられ、クリスマシンについては私もあまりよく理解していませんでした。これから、集会や勉強会でもクリスマシン被害について言及したいと思います。

記者会見の席で、古賀弁護士から次回の意見陳述をするように突然言われたのですが、、、。小林君も指名されていました。まだ確定ではないのでしょうが、心配です。高裁の裁判官は被害を聞くのは初めてだから大丈夫、といわれるのですが、最近は被害を語ることが苦痛になってきました。意見陳述を2回、尋問を1回やっていて、同じようなことはもう話したくないのです。5月21日と、まだ先のことなので、ゆっくり考えればいいことですが。

       でこぽん

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2007年2月 8日 (木)

福岡

控訴審がいよいよ始まります。

昨日、3時の電車で久しぶりに福岡に行ってきました。期日以外は原告同士集まる機会もないのですが、実名原告を含め、6人が集まりました。今度の追加提訴で九州原告も50人に届く大人数?になり、原告間の情報交換をどうやってはかっていくか、古賀弁護士から提案がありました。また、3月の東京判決に向けての活動などを確認しました。

その後、弁護団会議に参加。意見陳述の準備をやっていました。今回の原告は地裁から数えると3回目の陳述、尋問も入れると4回も被害を訴えることになります。高裁の裁判官は意見陳述を聞くのは初めてですが、こっちはもう何回も法廷に立っているわけで、何をポイントにするか、とても難しいと感じました。

電車の時間があり、9時半に部屋を出ましたが、まだ会議は続いていました。先生方お疲れ様。次回からお菓子を差し入れます。

                でこぽん

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2007年2月 7日 (水)

春ですかね

昨日も今日もあったかくて、もう春なんですかね?

今日はこれから福岡に行ってきます。昨日古賀弁護士から呼び出されました。理由はいちおう聞いたのですが、あまりよくわかりません。福岡も久しぶりです。今日は、高裁の意見陳述準備中のえりちゃんや山口さんとも会えそうです。一審判決以来、引きこもっていたので、みんなに刺激をもらってきますね。気ががりなのは、原稿です。ぜんぜん進みません。今も2時間ほどパソコンの前で格闘していたのですが、、、、。催促の電話がないのをいいことに、いまいちせっぱつまっていないのが私のいけないところなのです。

                   でこぽん

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2007年2月 6日 (火)

全国一斉追加提訴

原告数が160人に増えました。

九州では10人、私の住む熊本からも2人が追加提訴したようです。昨年の二つの判決で提訴に踏み切った方も多いと思います。100人にも満たなかった原告が少しずつでも増えていくことは訴訟上大きな力になります。

ただ、昨夜のニュースでは、東京の記者会見の様子が流れていましたが、原告の顔も名前も明らかにされていませんでした。今回の一斉提訴ではまだ実名原告はいないようです。原告にもいろいろな考え、立場がある、それは十分理解しています。でも、私たちがC型肝炎に感染していることで差別や偏見をうけているならば、その差別、偏見をなくすためには当事者自身が真実を伝えていくことしかないと考えています。しかし、現実はそう簡単にはいかないようですね。昨日の会見を見てそう感じました。

             でこぽん

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2/5に全国一斉追加提訴が行われました

古賀弁護士ブログhttp://lawyer-koga.cocolog-nifty.com/によると

本日の全国一斉提訴の詳細は、東京地裁7名(フィブリノゲン7名)・大阪11名(フィブリノゲン11名)・名古屋4名(フィブリノゲン3名、第9因子1名)・福岡11名(フィブリノゲン7名・クリスマシン4名)の合計33名。
 この全国33名の提訴により、全国の原告数は160名になります。

大分原告もお一人出られたようです。

明日は徳田靖之弁護士の2/10支える会・大分発足に向けての記者会見を予定しています。(KIYO)

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2006年11月14日 (火)

秋の足跡 1/4

10月の後半から忙しくしておりましたが、やっと全てが無事に終了しました。秋の足跡として画像を交えて少しご紹介します。

Pa210007s 10月21日(土)は大分での訴訟説明会でした。10/23の記事として21日 大分説明会 にてご紹介していますが、参加者は25名とこれまでの支援者5名の30名でした。

弁護団から頂いた資料を参考にしてマスコミ用の宣伝タイトルを

薬害肝炎訴訟・説明会『薬害肝炎とは?』
~もしかしたら自分も…と不安を抱えている方々へ~

Pa210009s に変更させていただいて宣伝しました。地元紙を中心に告知をしていただきましたし、薬害エイズの報道からずーっと追いかけている方からラジオでの宣伝時間も頂きました。

それでも裁判は福岡地裁での闘いであり、大分には原告が出ていないことから薬害肝炎のニュースというのは極端に少ない関係でどれくらいの人が関心を持って参加してくれるか不安がありました。

結果は他県に引けをとらないくらいの参加者があったようです。それでも原因も分からず不安な思いを抱えて生活をしている多くの人たちに、この説明会の情報を伝えきったかといえばそうではなくて、もう一度、いや二度三度と説明会を開いて欲しいと思っています。その時はもっと頑張って宣伝をして行きたいと思っています。(KIYO)

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2006年10月16日 (月)

訴訟説明会

昨日熊本での説明会に行ってきました。

熊本ではこれまで電話相談や医療講演会などでもうかなりの方が相談をされているせいか、昨日は7人の参加でした。山口さんと一緒に事前告知を頑張ったのですが。そのせいか、マスコミはたくさん来てくれました。

肝ガンの患者さんのお話しをうかがいました。一刻も早く解決しないと病状が進んだ患者さんには間に合いません。今、救済されないと意味がないのです。いつまでも裁判に時間をかけているとその間にどんどん亡くなっていくのです。

先週のNHKで、小林君生出演番組がありました。医療問題を討論していましたが、国は医療費削減しか頭にないようです。私達国民はどんどん負担は重くなって、その分サービスがよくなれば納得できるのですが、その反対です。

肝炎の治療体勢確立、本当に手に入るのでしょうか?そのために頑張っているのですが。

               でこぽん

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2006年10月11日 (水)

訴訟説明会in熊本

熊本で訴訟説明会を下記のとおり行います。

日時   10月15日(日)  14時から                                           

       1、薬害肝炎九州訴訟について。(弁護団、原告団) 

       2、個別相談会(弁護団)

場所   熊本県婦人会館(熊本市草葉町、メルパルク横)注ー女性会館ではありません

対象   C型肝炎の患者さん、ご家族、その他希望者(制限なし)

主催   薬害肝炎九州弁護団、原告団

参加費  説明会、相談会ともいずれも無料

問い合わせ先   092-735-1193

もしかしたら自分も薬害肝炎の被害者ではないかと不安をかかえていらっしゃる方、ぜひ一度弁護団にご相談ください。私の担当弁護士である波多江、田中弁護士が優しく丁寧に相談に応じます。原告団からは熊本出身の山口美智子原告団代表も参加します。一人でも多くの方にこの訴訟に立ち上がって欲しいと思っています。熊本では現在5人が闘っています

       でこぽん                     

          

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2006年10月 6日 (金)

抗議の共同声明

厚生労働省訴訟を相手に闘っている3団体が力をあわせることになりました。

私達薬害肝炎訴訟、原爆症訴訟、トンネル塵肺訴訟、が共同して厚生労働省に対して抗議の共同声明を採択しました。昨日東京で院内集会が開かれた模様です。これらの訴訟でたて続けに負けているにもかかわらず、控訴を繰り返す厚生労働省の姿勢に抗議をするものです。

大阪、福岡判決後の東京行動、また薬害根絶デーなどでの厚労省の態度には、国民の生命を守る意識のかけらも感じられませんでした。また自分達が加害者だという認識もありません。この3つの裁判を闘う関係者が力を合わせることで、彼らに大きな圧力をかけ、問題の早期解決につながると願っています。

そんななか、昨日は病院に行ったあと、午後から熊本地裁で係争中の原爆症訴訟の傍聴に行ってきました。共同体制をとることが決まり、さっそく裁判前集会で話をするように頼まれました。この訴訟は大阪、広島で全面勝訴しているにもかかわらず、国は控訴しています。昨日は証人尋問があっていました。原告はみな高齢で、裁判所にすら足を運べない人も多いそうです。60年以上も原爆由来の疾患に苦しめられており、一刻も早い救済が必要でいつまでも争っている時間はありません。支援の方は、「原告さんは高齢だが、みんなこの裁判に最後の望みをかけて命がけで闘っている。」と話してくれました。来年には結審、春には判決がでるそうです。見守っていきたいと思います。

       でこぽん

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2006年10月 4日 (水)

柳澤厚労大臣

大臣就任時の会見にはがっかり。

数日前、大臣がコメントしている映像をニュースジャパンで見ましたが、今日KIYOさんがアップしてくれました。「補償うんぬんということより、」って一体なに?C肝訴訟は係争中なので、まだ勝手なことも言えますが、B肝に関しては、すでに最高裁判決で確定しているのです。さっさと補償、そして対策をとれ、といいたくなります。司法判決をこれほど軽視していいわけがありません。

また、薬害を副作用という言葉でごまかすのもいいかげんやめて欲しい。正しい司法判断を、とコメントしていますが、何回判決がでても国の責任が問われるのは明白です。柳澤大臣の謝罪を早く見たいものです。

         でこぽん

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2006年9月30日 (土)

明日も福岡

おととい行ったばかりですが、明日(というか、もう日付けが変わって今日)また福岡に行ってきます。

夜中に更新しています。今日は友達とランチに。そろそろ疲れもとれた頃だろうと、ご飯に誘ってくれました。

明日は「九州沖縄医学生のつどい」第一回実行委員会、という勉強会に呼ばれました。そういえば、提訴してすぐロースクールの学生さんの前で話したことがありました。おとといの裁判前集会で今年度司法試験に合格した方がマイクを持ちましたが、その時の学生さんでした。もう2年半程前のことですが、数人が涙を流して私の話を聞いてくれていました。あの時の学生さんが弁護士になるのですね、ちょっと感動しました。

医学生に向けて話す機会は明日で2回目です。これまで、医師に対して不信感しかないので、話が批判的にならないようにしなければいけませんね。でも明日はとても楽しみにしています。

      でこぽん

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2006年9月28日 (木)

第二陣期日

一ヶ月ぶりに裁判所に行きました。

判決後初めての期日、一陣の判決を言い渡したばかりの須田裁判長に何を訴えるのか?イメージできませんでした。しかし、、、

三人の弁護士の意見陳述は、一ヶ月前の判決への不満を裁判長にぶちまけているようにも聞こえ、スカットしました。クリスマシン原告の二十歳の大学生は映像とともに陳述。後半では、福田さんの判決後の涙の会見の映像が流され、「なぜ何も悪くない彼女が僕達に謝らなければいけないのか、謝罪すべきは国と三菱です」と訴えました。映像効果は絶大でした。あとで聞いたのですが、進行協議で三菱の代理人が映像を使うことについて文句をいっていたそうです。

終了後の記者会見、私は控訴審への抱負などを話しました。毎回熊本から応援に駆けつけてくれる数人の患者さん、高齢の方もおられます。肝移植をされた浦田さんは、『今日、みんなに会ってまた元気をもらった。」といって帰っていかれました。私もいつまでも落ち込んでいてはいられませんね。

          でこぽん

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2006年9月13日 (水)

原告控訴

9月12日、原告も控訴しました。

昨日三菱も控訴したらしいです。第一陣18人全員ではなく、一人の方は控訴されませんでした。病状が思わしくなく、治療を優先させたいとのことです。その方の意見陳述、本人尋問、いずれも傍聴しました。病気が進行しているにもかかわらず、淡々として被害を語っておられました。この裁判の行方を見届けたい、と証言されたように期日には必ずご主人と傍聴されていました。感染時期が早い人ほど進行しているのに、まったなしで救済が必要なのに判決はこの方の請求を棄却しました。

今どんなお気持ちですごされているのかと思うと、いたたまれません。一日も早く治療体制が整うよう、また控訴審で訴えていくことしか彼女のために私にできることはありません。

             でこぽん

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2006年9月12日 (火)

東京行動

約10日間の東京行動も終わり、やっと家に帰って来ました。

おとといの最終便で熊本に帰り着きました。大阪判決でだいたいわかっていたものの、やはり判決後はかなり厳しいスケジュールでした。さすがにだれとも話したくなく、引きこもり状態です。

9月6日   空港で毎日新聞の取材を受け大阪へ。三菱への抗議行動。雨の中多くの支援者と一緒に早期解決を訴えました。その後リレー集会に参加しました。大阪の原告さんが、ぞくぞくと被害を語る姿に感動。これまではいつも実名原告だけでしたから。

9月8日   厚労省前で直訴行動。大臣への面会要請書さえ受け取ろうとしない厚労省、原告、弁護団50人程で押しかけました。事前のうわさでは、かなり過激なのかな?と想像していましたが、やっと出てきた役人は、「係争中なので会えない」の一言でさっさと建物の中に。何をやってもはなから聞く耳を持たない国にバカヤローと叫びたかった。撤収する時、悔しくて悔しくてみじめでした。その後、会見中に国控訴の一報が届きました。

9月9日   日比谷公会堂でリレー集会ファイナル。東京原告が壇上で被害を語りました。2000枚のハンカチをつなぎ、最後はハンカチ伝道師、中山弁護士のパフォーマンスで盛り上がりました。その後都心へパレード。一時間歩くのはかなりこたえましたが、都心を歩くことでかなりアピールできました。

9月10日  お昼にお茶の水駅前でビラ配り。気温34度。熊本かと間違うくらいの蒸し暑さのなか一時間。終了後、原告弁護団会議。今後の闘い方などを確認。ぎりぎりで最終便に飛び乗りました。

だいたいこんな感じの5日間でした。感想はまた書きます。ゆっくり休みたいです。

          でこぽん

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2006年9月 6日 (水)

リレー集会へ

大阪、東京へ行ってきます。

数日前に帰ってきたのに、また出かけます。今日大阪で、三菱への要請行動、そしてリレー集会。ハンカチを結んできます。翌日は東京、また厚労省前でいろいろ予定されています。9日は最後のリレー集会、各地からどのくらいハンカチが集まっているか、楽しみです。聞くところによると、有名人のハンカチを東京の学生の会はたくさん集めているということです。

その前に空港で新聞社の取材もありました。落ち込む暇も無く予定はどんどん入ってきます。元気をもらって帰ってきます。

           でこぽん

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2006年9月 5日 (火)

判決からもう一週間

判決後、一日一日と悔しさが増してきました。

勝訴、国の責任が認められたことは大きな前進。と判決後コメントしてきました。自分自身は勝訴していますが、日がたつにつれ頭にきています。

判決前精一杯のことをやりました。自分に出来ることは全部やりました。提訴以来、ずっとマイペースで活動してきました。しかし、熊本に支援の会が出来てから、支援の方と一緒に頑張ってきました。大きなことはできませんが、コツコツと支援の輪を広げながら世論に訴えてきました。こんなに頑張ったのに一部負けてしまって、今悔しくてたまりません。

また、川崎大臣のあまりにも早い控訴発言にも深く傷つきました。病気を抱えながら裁判を闘ってきた私達原告の苦しみを、はなから理解しようともしない態度に絶望しました。

国って強いんですね。裁判所の判断さえも容易に無視しようとしています。国の前には私達原告はアリみたいに小さな小さな存在でしかないんでしょうね。それでも団結すればなんとかなると信じてやってきましたが、大きな国を動かすにはまだまだ力が足りませんでした。

私達原告は皆、裁判を早く終わらせて一刻も早く治療に専念したい、病気を治したい、それだけを望んでいます。

               でこぽん

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判決

「勝訴判決にも笑顔なし」 地元の熊本日日新聞の見出しです。

実名原告4人が勝訴の旗を持っている写真が載っています。本当に誰も笑っておらず、深刻な顔をしています。判決からもう1週間経とうとしていますが、まだ気持ちの切り替えがなかなかできないでいます。全面勝訴できなかったことと、その後東京であまりにも早い国の控訴発言。東京行動もそのせいでいまいち盛り上がらず、いったん帰ってきました。

おとといは福岡で訴訟説明会。少しお手伝いしました。自分が初めてホットラインに電話した時のことを思い出し、全部の方が投与記録が手に入るようにと、願わずにはいられませんでした。

今日は以前出演したFM熊本に波多江弁護士と収録に行ってきました。これで4回目です。今回は主に波多江先生のしゃべりがメインでした。さっそく夕方オンエアーされましたが、ばっちりでした。

あさってから大阪、翌日はまた上京します。一日も早い解決を本当に望んでいましたが、やはりそうはいかないようです。落ち着いたら治療にチャレンジしようと思っていましたが、それも先延ばしになりそうです。裁判というものがどんなに大変か、いまかみしめています。前を向くべきなのですが、今はまだ難しいです。少し疲れが癒えたら心も元気になるでしょう。

愚痴っぽい  でこぽん  でした。

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2006年9月 1日 (金)

ただいま

29日の前夜集会、そして判決、東京行動(まだ半分ですが、)を終えて、さっきいったん家に帰りました。

明日まで東京にいるつもりでしたが、疲れがただものではなく、帰ってきました。

判決は勝訴、原告全員が救済される完全勝訴ではありませんでした。個人的には残念ですが、被告の責任が大阪判決に続いて認められたことは大きな意義があります。これからまだまだ闘いは続きます。

明日はまた福岡行きです。判決前後のことはまた帰ってから更新していきます。今日はとにかく早く休みます。

         でこぽん

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2006年8月29日 (火)

行ってきます。

これから福岡へ行ってきます。

今夜の1000人集会、きっと会場はたくさんの人で溢れ、明日の判決では全面勝訴の旗が出され、私は喜びのコメントを出していることでしょう。

これまで支援をいただいたたくさんの方、ありがとうございました。元気に福岡に行ってきます。

          でこぽん

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2006年8月28日 (月)

判決まであと二日

あさっては判決、しかし、まだバタバタしています。

予定では先週末までには全部活動を終えて体を休めるつもりでした。でも、26日はテレビ局取材、ある集会に呼ばれてアピールしたり、昨日は福岡で原弁会議と続きました。

地元の熊本日日新聞でも先週から特集が始まりました。また熊本県民テレビでも夕方のニュースで連続してこの問題が放映されています。明日、そして当日は他の地元局でも一斉に流れます。多くの人が薬害肝炎について知って、世論を高めてくれたらと、判決による世論の動きにとても期待しています。

明日お昼の電車で福岡に行きます。判決前にまだまだ書きたいことがたくさんあります。明日出発まで暇をみつけては更新したいと思っています。

             でこぽん

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2006年8月27日 (日)

薬害根絶デー報告

東京での疲れもどうにか癒えました。早く報告したかったのですが。

24日は朝からものすごいスケジュールでした。9時半に銀座でうちわ配り。でもわずか10分で切り上げて文部科学省交渉に行きました。銀座から東京駅近くまで歩きました。初めて行くところなので、距離感がわからずに、おまけに荷物もあり、そのうえ蒸し暑くて、もうひとついえば、貧血もひどく、前を歩く弁護士軍団についていくことが出来ませんでした。

初めて文科省交渉に行きました。薬害をなくすために、教育の場で薬害教育を取り入れて欲しいという要望をしました。何年も前から同じことをいっているにもかかわらず、役人の答えは全く進展なし。何もやっていないことを、他の省庁と協議して、とか検討します、そんな言葉の繰り返しで、私には言い訳にしか聞こえませんでした。将来子供達が薬害の被害者や加害者にならないためにも今何らかの形で薬害教育を実施して欲しいものです。

その後、厚生労働省前でリレートーク。そして川崎大臣が出てきて碑の前行動。

はじめは、朝暑いなかかなり歩いたのでデモ行進には参加しないつもりでした。でも、新聞社の記者から歩いている写真を撮りたいからと要望があり、旗を抱えて霞が関をパレードしました。みんなは銀座まで行きましたが、私は倒れそうだったので途中でドロップアウト。

2時からは厚労省交渉。ここでもいくつか要望書を出してあって、それぞれの項目について担当者が報告していました。肝炎問題については係争中ということであまりコメントはありませんでした。午前中と同じで、検討します、調整中という言葉ばかり、なかにはトンチンカンな報告もありがっかりしました。

薬害根絶のために交渉しているのですが、私達薬害被害者の思いを役人は本気で考えているのだろうか。被害者との間の温度差大です。この人達が本当に国民の声を真摯に聞いてくれたら薬害もなくなるのに、と思わずにはいられません。

でも、何も言わなかったら何も変わりません。これからも根気強く声をあげ続けることが大切なことだと実感しました。

終わったらもう5時近くでした。飛行機の時間もせまっていたので報告集会には行かずに帰りました。なが~~~い報告でした。最後まで読んでいただけましたか?

         でこぽん

  

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2006年8月25日 (金)

東京でも

23日は東京で記者会見、、24日は薬害根絶デー、かなりハードでした。

二日間東京にいました。今年は判決前なので根絶デーよりも九州で活動する予定でしたが、急に記者会見が決まり上京しました。昨日も最終便で帰り、今日は今頃やっと少し元気を回復しましたが、正直いってくたくたです。

23日は5時より厚生労働省で会見。山口さん、小林君、古賀弁護士と一緒。一人一分ずつ喋ったところで、マスコミからの質問に答えていく、という事前の予定でした。でも、東京の記者はあまり関心がないのか、他にも書くことがたくさんあるのか、例えば早実の斉藤くんとか総裁選とかオリンピック候補地とか、、、、質問なし。え~~せっかく高いチケット買ってやってきたのに、、、、。というわけでその後は山口さんと古賀先生が〆て終わりました。こんなことなら最終便に間に合ったじゃん、と帰っていく小林君を見送りました。

九州と違ってまだまだ東京は温度差がありすぎでした。九州でいい判決が出れば違ってくるでしょう。

その夜は残った山口さんと二人でゆっくりご飯を食べて早めに休みました。翌日の薬害根絶デーのことは次回書きます。

               でこぽん

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2006年8月21日 (月)

ラジオでも

今日はラジオで肝炎問題を取り上げてくれます。

以前出演したFM熊本が今日夕方5時半台の番組、[FMKイブニングジャーナル」で明日の集会をはじめ、判決前集会のことなどを取り上げてくれます。先週金曜日に収録に行ってきました。この番組は時間帯がちょうど帰宅時間と重なり、結構たくさん人がドライブしながら聞いています。キャッチフレーズは「難しい問題もわかり易く」です。ナビゲーターの伊井純子さんが熱く語ってくれます。ぜひラジオのチャンネルを合わせて聞いてください。

          でこぽん

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2006年8月18日 (金)

あと少し

15、16日はまとめて取材を受けました。

15日はKKT,TKU,夜は熊本日日新聞、16日はRKK,NHK、地元のマスコミの自宅取材でした。「出田さんの日常を撮らせてください。」という要望ですが、これが困りもので、いつも食器を洗っているところや掃除機をかけているところ、はてはブログ更新、お茶を飲んでひと休みしているところなどなど、4回撮られました。慢性肝炎患者の日常を、病気を抱えて生活していることを一般の人に理解してもらうのって難しいです。頑張ればなんでも出来るし、でも頑張った後はいつもものすごい倦怠感に襲われる。いつも私はそうです。オンエアーは各社29日か30日です。取材は大変ですが、家はおかげできれいになりました。

明日は以前出演したラジオ局、あさっては福岡の新聞社2社、あともう少し、あともう少し、と毎日判決にむかって過ごしています。

      でこぽん

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2006年8月16日 (水)

10000アクセス

今日アクセスが10000件を超えました。

昨日は取材で一日中時間を取られてパソコンをさわる時間もありませんでした。実は今も取材の真っ最中なのですが、パソコンを開けたらなんとアクセスが10000件。いつものぞいていただきありがとうございます。更新もボチボチですが、このブログのタイトル、薬害肝炎の完全解決の日がくるまでお付き合いください。(PCをやっているシーンを今撮影中です。)

          でこぽん

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2006年8月12日 (土)

取材ラッシュ

判決前の取材は覚悟していたものの、、、、、、かなりゆううつ、実名原告の宿命かな。

今週は2件、来週はほとんど毎日取材です。今日は新聞社3件から依頼がありました。新聞取材は、映像がない分気が楽です。地元テレビ局4社は自宅取材なのでこれが大変なのです。散らかっている部屋をどうにかしなければ、、、、(どうにもならない。)でも、地元テレビ局もこれまでことある毎に取り上げてくれて、熊本でもこの問題がずいぶん認知されてきました。来週をなんとか乗り切って判決を待ちたいと思います。

        でこぽん

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2006年8月10日 (木)

原弁会議

昨日夕方より福岡で原弁会議がありました。

九州訴訟ではこれまで、ここぞ、という時に原告、弁護団が集まって話し合ってきました。その結果、原告同士のつながり、また弁護団との信頼関係もできあがってきたような気がします。

昨日は判決前夜集会についてがメイン。センスのいいチラシも出来上がっていました。今度の集会は今までになかった構成のようで、どんなものに出来上がるのか、ちょっと楽しみでもあります。1000人の方に来ていただきたい、そして感動しもらいたい、と思います。

原告、弁護団、支援、今持てるものを振り絞って判決まで頑張っています。昨日はこの会議の他、鹿児島、佐賀に分かれて要請行動。また、実名、匿名にかかわらず、マスコミ取材を精力的に引き受けています。この暑さよりももっとヒートアップしそうな九州訴訟です。

                  でこぽん

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2006年8月 2日 (水)

実名公表

今日の東京期日で実名公表

今ニュースジャパンを見ていたら、東京原告の平井さんという方が実名公表された、と伝えていた。なんだかとてもうれしくなって、更新が滞っていたブログに真っ先に書き込みたくなりました。大阪判決以来、いろんな意味でとても疲れきっていました。そのせいか、判決を控えてどんどん入ってくる取材や地元での活動にも消極的になっていました。ただ早く終わって欲しい、、、、、それだけ。

でも、このニュースはそんな弱い私に勇気をくれました。一緒に闘う仲間が増えて、また前を向いていこう、という元気が湧いてきました。

平井さんのコメントが紹介されていました。「私はこの病気について恥じることはひとつも無い」  勝つために、私もまた明日から頑張りたいとおもいます。

ちなみに、明日は朝から各団体に要請に行きます。午後からはマスコミ懇談会、夜は支援会議と一日中詰まっています。  

              でこぽん

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2006年7月15日 (土)

大阪判決

大阪判決からもうすぐ一ヶ月、やっと普通の日常がもどってきた感じです。

もう随分時間が経ちましたが、やはりここは避けては通れないので少しだけ書かせてください。

判決前夜集会から判決、その後の東京行動と、大阪原告と一緒に行動しました。私は今回の判決の当事者ではなかったのですが、大阪の原告さんを見ていて、判決をいただくということがどんなに重たいことなのか、実感しました。特に実名公表原告のお二人を見ていてそう思いました。8月30日の福岡判決、どんな結果であろうと闘っていかなければならないと思っていますが、判決前後の喧騒を乗り越える勇気が自分にあるのだろうか、かなり弱気になっています。

               でこぽん

        

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2006年5月29日 (月)

東京日帰り

やっぱり一泊すればよかった。昨日は始発で東京に行き、最終便で帰るというハードな一日でした。

昨日食べたものは、朝出かけるときに、ちゃちゃっと作ったおにぎり3個、+ ペットボトルのお茶2本。家に帰り着いた時はへにゃへにゃでした。東京でのスケジュールもいっぱいいっぱいで、コンビニで食料を調達する時間もなかったのです。

古賀弁護士のブログに昨日の  全国原告団総会  と、場所を変えて行われたシンポジウムのことが詳しく報告されています。見てください。(私が書くより簡潔明瞭、もちろんですが)

総会では山口美智子さんが原告団長に選出されました。いよいよ大阪判決を迎えることになり、決戦に備えるという感じでしょうか。初めて30人程の原告が集まったわけですが、やはり迫力がありました。司法判決後の政治的解決に向けて、私たち原告もそれぞれの地域を越えて一緒に闘っていくことが求められているわけです。

今回は座談会のおかげではじめて東京の3人の原告さんと親しく話しができてよかった。原告同士でも、プライバシーがあるからなかなか声をかけにくいことも多いのです。

五月ももうおわり。忙しすぎました。病気を抱える身としてはちょっとこたえました。今週は少しゆっくりできそうです。今日はひさしぶりにヨガをしようかなと思っています。

    でこぽん

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2006年5月19日 (金)

国会ローラー

一泊二日の東京でしたが、食事をとる間もないほどハードでした。(食べましたが)

16日は午後から東京期日を傍聴。最後の本人尋問があっていました。九州はずいぶん前に終わっており、久しぶりに被害を聞いて、許せない思いをあらためて強くしました。報告集会の後、28日の全国原告団会議の打ち合わせ。また、各地の状況や悩みなどを話しました。相当疲れて、ホテルにたどりつくともう11時には寝てました。

翌日はいよいよ国会ローラー。9時に約100人程が集まってやり方の説明。議員会館受付はさまざまな要請団体でごったがえしていました。私は八尋、波多江弁護士と支援の猿渡薬剤師とチームを組み、衆参合わせて30部屋ほど回りました。

八尋先生以外は初めての経験で、初めはぎこちなかったのですが、だんだんトークもうまくなり、衆議院では応接室で対応してくれた議員さんが3名おり、しっかり訴えてきました。当日は本会議中で議員の在室は少なく、ほとんど秘書の方の対応でした。しかし、面会できた数少ない議員さんのひとりは、、自分も以前肝臓病をわずらったことがある、と話され、熱心に私達の話を聴いてくれました。秘書の対応もさまざまで、事務的に対応する人もいれば、勉強します、(議員に勉強させます)といってくれた人もいました。

議員回りの合間をぬって政党ヒアリングもありました。私は、共産党と民主党のヒアリングに行ってきました。民主党は管直人代表代行、家西議員はじめ、9人の参加がありました。私は原告として、被害をそこで話したわけですが、”党派を超えてこの問題を解決していく”という心強い言葉を管さんからいただきました。議員からの質問も多く、ちょっと盛り上がったヒアリングでした。

感想    国会ローラーって一体何?いつもいきあたりばったりの私ですが、今回もあまりわからないまま参加。でも、議員を一軒一軒回り、この問題の解決を実際お願いしてみて、政治が自分の生活にいかに密着しているのか実感しました。今回は直接面会できた議員は少なかったのですが、全議員に資料は届いているので(秘書がちゃんと渡していれば)次回につながるし、またヒアリングで各政党に直接訴えることができたのは大きな収穫でした。

反省    パンフスを履いていたこと。次回はスニーカーにします。ずっと歩きぱなしでしたから。

というわけで、なんとか最終便に間に合い、帰り着きました。原告、弁護団、支援、そしてマスコミと、なんだか大騒ぎした一日でした。みなさん、お疲れ様でした。     

               でこぽん

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2006年5月16日 (火)

明日は東京

16日の東京期日、17日の国会ローラー、行ってきます。

バタバタしています。眼に見えて忙しくなってきました。病気を抱えてながらの活動は正直不安です。これが健康だったら少々の無理もできるのですが。なんでもソコソコに抑えなければ悪化するのでは?という不安がいつもつきまといます。今はまだ休む余裕があるのでなんとか元気でいられるけれど、判決前後は一体どうなることか今から心配です。ちょっと愚痴ってしまいました、、、、、。あっ、今日W杯のメンバー発表で、熊本出身の巻が選ばれました。応援しますよ~~~~~。

       でこぽん

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2006年5月15日 (月)

12日と13日の報告

二日続けて動いていたので、昨日は一日中休んでいました。毎日仕事をしたり、出かけたりすることが本当にできなくなりました。情けないですが、体調と相談しながらマイペースでぼちぼちやるしかありません。遅くなりましたが、先週末の報告です。

12日は原告団会議のため、午後から福岡に行ってきました。今週17日の国会ローラーについての打ち合わせでした。議員会館に行って国会議員をくまなく回り、薬害肝炎問題について理解してもらおう、というもの。原告、弁護士、支援の三者のチームで回ります。九州からは原告9人が参加します。国会に行くなんて、こんな経験も滅多にあるもんではないのですが、不安半分、期待半分です。私は、八尋、波多江弁護士と、支援の猿渡薬剤師と一緒です。

原告団会議後、支援連絡会にも初めて顔を出しました。いつもおなじみの支援のみなさん、弁護士合わせて12,3人が参加。学生の村上君は就職活動中ということで、スーツでした。熊本での支援活動にみんな興味を示してくれ、なんと、月末に熊本での支援会議に福岡から参加したい、という声があがりました。5人ほど来られるそうです。熊本に熱い視線が注がれているようです。

13日は学習会、そのあと署名活動をしました。

薬害オンブズパースンタイアップ福岡、米の山病院薬剤師の、猿渡圭一郎さんをお呼びして、薬害発生のメカニズムと私達の役割について という講演をしていただきました。

30人ほどの参加があり、薬害の定義に始まり、薬害の歴史、薬害の原因、そして猿渡さんの現職薬剤師としての現場での取り組みについてわかりやすくお話がありました。薬についての話なので難しい話かな?とおもっていたのですが、とても勉強になりました。今回は熊大薬学部の学生さんが5人参加してくれました。

学集会の後、下通りで署名活動を40分ほど行いました。15人程の方が協力してくれて、用意した署名用紙がなくなったため切り上げました。40分で300筆集まりました。ハードなスケジュールでしたが、とても意義のある一日でした。協力していただいた皆さん、ありがとうございました。

           でこぽん

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2006年5月12日 (金)

明日学習会

明日5月13日、支援の会主催で学習会を行います。ぜひご参加ください。

   「薬害の歴史と現状について」

   講師、 猿渡圭一郎さん、(大牟田米の山病院薬局課、)

   時間、 午後2時~3時半

   場所、 熊本現代美術館アートフロート

 学習会終了後、下通りにて街頭活動(署名、ビラ配り)も行います。ちょっとハードですが、支援の会がんばっています。元気のある学生さんナド、待っています。

また、今日は2時から福岡で原告団会議があるので、行ってきま~~~~す。刻々とせまりつつある大阪判決に向けて原告も力を合わせなければ勝てないのです。

    でこぽん

        

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2006年5月11日 (木)

月曜日のこと

三日前のことになりますが、玉名市にある、九州看護福祉大学に行って来ました。

玉名まで家から一時間くらいかかりました。この大学に、支援していただいている先生が数人おられて、呼んでいただきました。新2年生、助産師を目指す学生さんの授業のなかに、 安全なお産、  という授業があり、そこで話をしてきました。

将来、医療従事者をめざす学生さんには、ぜひ、薬害という医療の負の一面について勉強して欲しい、という気持ちがいつもあります。しかし、なかなかそういう機会がなかったのですが、この大学の先生方の意識の高さに感謝しています。

テーマが 安全なお産、 ということなので、私が経験した2回の出産についてまず話しました。いつも被害や裁判の話ばかりで、出産そのものについては語ったことがなかったのですが、フィブリノゲンを投与された二度目のお産=危険なお産、がその後の私の将来をどんなに苦しめているか、被害をまじえながら40分ほど話しました。

学生さんはみんなメモをとりながら熱心に聞いてくれました。事前に、”沈黙を超えて”という裁判のパンフレットで薬害肝炎訴訟についても予習してくれていました。この授業が、出産をになう助産師の役割の大きさについて考える機会のひとつにでもなれたら、と思いました。

    でこぽん

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2006年5月 1日 (月)

メーデー

今日はメーデー。10時半より、薬害肝炎問題について2分間アピールをさせてくれることになり、今から行ってきます。

          でこぽん

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2006年3月28日 (火)

大分日帰り

26日、一人で大分に行ってきました。帰りの山道、霧が出ていてちょっと不気味でした。

薬害エイズ  和解から10年、 ~原告が語る今、「変わったもの変わらないもの」~

昨年はじめて大分の薬害エイズの集会に参加したのですが、今年も昨年お会いした原告や家族、また、遺族の方と再会できました。今年驚いたのは、和解から10年経った今、実名を公表された人がいるということ。10年が過ぎ、治療法も社会の理解も進んだように思われますが、10年が過ぎても被害者はこれからも声をあげ続け、伝えていかなければならないのです。

どうしたら私自身の被害回復ができるのか、いつも考えます。自ら裁判を闘って勝訴すること、自分の手で勝ち取ることだと思っていますが、和解から10年経って実名公表された井上さんの姿を見て、被害回復への道のりの遠さを知りました。また、そんな井上さんに勇気をいただきました。

             でこぽん

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2006年3月20日 (月)

大分集会

3月26日、大分で、 「 薬害エイズ、和解から10年 」 という集会があります。

いつも応援してくださる大分では、毎年2回、薬害エイズの集会があります。3月が薬害エイズ裁判の和解の時期に合わせて、11月は薬害エイズ裁判を闘ってこられた草伏さんやM君が亡くなられた月にちなんだ追悼集会です。

私も昨年2度参加しました。参加するたびにいろいろなことを考えます。裁判が終わって10年を経て、なお続いているこの会自体が、とてもすごいこと、意味のあることだと思います。それだけ薬害エイズ問題はこれからも風化させることなく、伝えていかなければならないことなのです。

私もこの集会に行く前までは、裁判が終わって、謝罪や補償を受け、またいい薬もできて、すべていい方向に進んでよかった、よかった、という感想しか持っていませんでした。おそらく一般の人もそうではないかと思います。でも、そこで語られた患者さんでもあり、原告でもある方の話は違っていました。裁判が終わったからといって病気が治るわけではありません。今も、そしてこれからもつらい治療を続けなければならないのです。たしかに、以前のように死に至る病ではなくなった、といわれていますが、激しい副作用を伴う治療を続けることは大変なことだと思います。

裁判がおわっても、失ったっものは取り戻せないし、目の前に広がっていた将来をあきらめなければならなかったことにかわりはありません。和解から10年近くたって、はたして患者(原告)の苦しみは少しは減ったのでしょうか?たくさんの方とお話ししたわけではありませんが、そうではありません。国と製薬会社、また、エイズに対して偏見を作った社会の責任は消えることはないと思います。今後薬害をおこさないためにも、また、今なお苦しんでおられる方を支えるためにも、この集会はとても意義あることではないでしょうか。

          でこぽん

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2006年2月27日 (月)

結審、その2

傍聴席は満席、代理人席も普段よりイスが多かったような気がしました。260人もの方が抽選に並ばれたそうです。

初めに国代理人の意見陳述。三人がそれぞれ10分間、これまでの主張を繰り返していました。昨年の証人尋問でことごとく弾劾されたというのに、まだ同じことを繰り返している姿に空しくなりました。フィブリノゲンの有効性は明らかだとか、肝炎の予後は良好とか、聞いていて気分が悪くなりました。いいかげんにして欲しい。

次は原告と原告代理人が交替で陳述しました。直前に、国の言いたい放題、でかなり頭にきていたので、4人の弁護士の言葉がとても心にしみわたりました。 私達原告も、それぞれが裁判所に一番訴えたいことを述べました。私は、製薬企業の利益追求主義とそれに便乗した国によって人生を狂わされ、命を軽んじられた怒りを述べました。

判決は8月30日に決まりました。大阪判決が6月21日なので、九州もそのころかなと思っていたのでびっくりしました。半年後、長いなあ~。

その後、裁判所の近くで記者会見とシンポジウムがありました。私は記者会見の途中で福岡放送の、 めんたいワイド  という番組に出るために退席。生番組なのにその話しを聞いたのは直前。つべこべいう間もなくスタジオへ。生出演は初めての経験でした。

シンポジウム会場にすぐ戻ったのですが、もう終わりかけていました。学生の会、中西さんと、九大の内田先生のお話しか聞けませんでした。内田先生のお話でとても心に響いた言葉がありました。それは、裁判所をつき動かすのは、原告が真実と魂を語ること。とっても疲れていたのですが、勇気がでてきました。これからもがんばろうと。

ということで、やっと懇親会までたどりつきました。今回は今までになくたくさんの人で居酒屋は貸切状態。原告、弁護団、支援者、マスコミ、、、たくさんの人がおいしいお酒を飲みました。もっといたかったけれど、10時50分の有明に乗って熊本へ帰りました。

2月22日の結審、多くの人の支援を受けてここまで来れました。判決までの半年間、これからは世論の喚起をすべく、あらためてまたスタートラインに立っている心境です。

            でこぽん

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2006年2月25日 (土)

結審、その1

22日、結審を迎えました。長い一日でした。

更新が遅くなりましたが、無事に終わってよかったです。家に帰って疲れがどっとやってきて。でも、どうにか回復しました。結審前後の出来事を報告します。

21日は陳述書の最終確認を11時ごろまでやっていました。

やはり前日になってこれでいいのかな?と気になってきました。夕方6時ごろから電話とFAXで弁護士とやりとり。言いたいことが多すぎて6分にまとまらない。でも、思い切ってテーマをひとつにしぼりました。

当日は7時半に家を出て、10時に波多江先生の事務所でまた打ち合わせ。

前日に出来上がった陳述書の最終チェック。読み合わせをして、言い回しなど、細かいところまで確認しました。12時ごろやっと準備完了。裁判前集会にもなんとか行けることになりました。ここで半分は終わったような心境でした。やっとでけた~~~~。集会でしゃべって、入廷行動も終わって、するとまた練習に連れて行かれました。でも一回でOKをもらい、(よかった)いよいよ法廷に入りました。

相変わらずせっぱつまってバタバタしています。この先はまた追って報告します。

             でこぽん

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2006年2月23日 (木)

結審に行ってきました

2月22日の結審の日に大分から7名で福岡地裁に行ってきました。

13時から始まった裁判所前の集会では支援の熱気であふれていました。そしてマスコミの数もすごかったです。地元福岡はもちろん、熊本と長崎からも複数のテレビ局が来ていました。実名公表の影響でしょう。

でこぽんさん夫婦もマイクを握ってお話をされました。

P06222_01s (写真はクリックすると少し拡大します)

それから1月28日の熊本での取り組みの際にお世話になった方々にこの日もたくさん出会えて気軽にお話できたのもうれしい出来事でした。(KIYO)

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2006年2月20日 (月)

結審前夜

いよいよ結審の日がせまってきました。

22日、結審を迎えます。結審を控えてこの1ヶ月は取材、取材で、今日も朝日新聞の取材でした。それに加えて昨日は原田、波多江弁護士と打ち合わせ。意見陳述のほうはなんとか先が見えてきてぽっとしました。でも、まだこれから大幅改定される可能性大です。当日朝の最終打ち合わせまで気が気ではありません。

私が追加提訴してちょうど2年目に結審を迎えることになります。やっとここまでこれた、と少し感慨深い心境です。実名で裁判を闘うことは、やはり自分には荷が重すぎる、と思ったこともありました。ここまでこれたのは、なんといっても、支えてくれる人がいたから。学生の会をはじめ支援の方、熊本の患者会、家族、友人、それと、弁護団。特に担当の波多江先生には提訴時からお世話になりっぱなしでした。

と、まだ裁判を振り返るのは早すぎですが、私にとっては結審はやはり大きな区切りです。やっと折り返し地点まで来た、そんな気持ちです。結審後にやってくる喧騒の前に、明日は少しゆっくりします。

まだ意見陳述をしなければならないので、気は抜けない状態ですが、、、、。

22日には判決日も言い渡されます。また、夕方からは結審シンポジウムもあります。とっても盛りだくさんな日、どんな一日になるのか楽しみにしています。たくさんの人が集まってくれたら最高な一日です。

           でこぽん

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2006年2月19日 (日)

取材、取材

17日は一日中取材でした。朝、昼、晩とひっきりなし。

午前中は、熊本の匿名原告さんの新聞社取材に一緒に行きました。3時からはKKT, 熊本県民テレビ、いつもは自宅ですが、今日は近くにある江津湖という湖に行きました。お天気はよかったものの風が冷たい日でした。この湖は熊本市のほぼ中心部にあって、湧水です。公園になっていて、平日というのにたくさん人がいました。ここでインタビューをうけ、次に散歩シーンを撮影、これが超恥かしものです。イヤダと抵抗したのですが、、、。

夜は夫の取材でした。こっちはもちろん自宅。放送は20日、午後6時15分頃だそうです。

結審前夜ということで、あわただしく過ごしています。今日19日は担当弁護士がうちに来ます。今日意見陳述のメドがたてばいいのですが。

また、今日は長男の受験日です。裁判も受験も大詰め、あまり息子にはかまっていなくて、でも、5時には起きてお弁当作る予定です。あと4時間しか寝れませんが。

                 でこぽん

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2006年2月18日 (土)

結審直前

福岡訴訟の結審が2月22日と直前になってきました。

22日の日程は古賀克重弁護士ブログに掲載されていますのでご確認ください。

http://lawyer-koga.cocolog-nifty.com/fukuoka/2006/02/post_7d3a.html

新聞やテレビで薬害肝炎が取り上げられ始めています。マスコミ報道は結審の前後まで続くと思いますのでぜひご覧ください。(KIYO)

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2006年2月16日 (木)

めいっぱい

昨日はめいっぱい、取材と打ち合わせをこなしました。

昨日は5時に起きて、リビングの片付けと朝食作り。朝の取材は大変でしたが、家の中が少しはきれいになってよかった、ことにします。

午後は福岡で3回目の打ち合わせでした。波多江、原田弁護士と約3時間、話し合いました。が、まだまだ出来上がりませんでした。難しいです。

博多駅でギリギリ間に合ったリレーつばめは珍しく満席で、久留米まで立っていました。

ということで少々疲れてしまい、今日は家でじっとしています。

     でこぽん

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2006年2月14日 (火)

明日は取材

明日はKKT(熊本県民テレビ)の取材です。なんと朝7時に記者の城戸さんがうちにやってきます。 また、3時半から福岡で意見陳述の打ち合わせです。ふ~~~~。

明日取材だというのに、家は散らかっています。おまけに早朝。どうしよう。片付ける暇がありません。ブログの更新している場合ではないのに、、、。

午後からは久しぶりに打ち合わせです。弁護団の合宿も確か今日で終わりです。先生方、お疲れ様でした。(ボロボロかもしれない。)あと一週間しかないので本気モードにならなくてはいけないのですが、、、。国側の書面の話を聞いたら、たぶん怒り爆発でガンガン進むかも。

  でこぽん

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実名公表

少し前のことですが、福岡の放送局、テレビ西日本 の番組が放映されました。タイトルは、  実名公表~薬害訴訟原告たちの覚悟  というものでした。

熊本では放送されていないので、古賀弁護士からビデオが送られてきました。(いつも弁護士から本やビデオや新聞記事などいろいろ送られてきます。)

九州訴訟で実名公表している山口さんを中心に、その後に公表した小林君、福田さん、私の、公表にいたる経緯や、これまでの活動を追ったものでした。取材でも必ず実名公表の理由を聞かれます。私としては、実名公表しているのは全国で山口さん一人だけ、ということを知った時、逆に驚きました。C型肝炎って名前も名乗れないような病気なの?と。

実名公表の理由ですが、そんなに大そうなものではありません。たぶん 性格  です。だまってはおれない性格、です。山口さんと話していると共通するものがあります。山口さんは福岡在住ですが、熊本出身です。私とは中学校が一緒で、おまけにテニス部のひとつ先輩でした。30数年前、一緒にテニスをしていたなんてちょっと笑えますが。それとも、熊本の地域性かな?とも思います。熊本の女性は  火の国の女、もっと古い言葉では、  肥後の猛婦、 といいます。猛婦なんてちょっと恐そうなイメージですが。

そういえば、長崎の福田エリコさんのお父様は、熊本出身だと聞いています。ということは、エリちゃんも半分は 肥後の猛婦 ということになります。やっぱり。

       でこぽん

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2006年2月 9日 (木)

取材を受けました

昨日、日経新聞の取材を受けました。

昨日は熊本でも雪の舞う寒い一日でしたが、日経新聞の記者の方が熊本まで来てくれました。昨年末から新聞社の取材をいくつか受けてきました。テレビの取材と違って、テレビカメラがずっと回っていないのがとっても気が楽でした。

いつも必ず質問されるのが、慢性肝炎の症状がどんなものか、ということです。肝炎の倦怠感はなかなか健康な人には理解が難しいようです。昨日も記者の方に 、 スポーツをした後の疲労感のようですか?と聞かれ困ってしまいました。これまで何度となく聞かれて、あーだこうだと答えてきましたが、たぶん伝わっていないだろう、と思いました。

最近義母が、胆石の影響で肝機能が600くらいになったことがありました。はじめは原因がわからず、とにかくきつい、きつい 、といっていました。その後、肝臓障害だったとわかったのですが、その時、初めて私のつらさがわかった、といってくれました。

やはり、この倦怠感は経験しないとわかってもらえないようです。私も発病間もないころは、いつもゴロゴロしている自分がほんとうにイヤで、でもどうしても しゃきっと できませんでした。まるでなまけものです。

病気のせいとはいえ、見かけは健康な人と全然かわりません。原告の中には夫や家族にこの倦怠感をわかってもらえず一人で苦しんでいる人も少なくありません。先日の集会でも患者会の女性の方が、夫が病気を理解してくれずにつらい、と涙を浮かべて話されました。

また、これも28日集会で経験したことです。県立劇場の駐車場がその日混雑が予想されたので、患者さん専用に20台でも空けてくれるようお願いしました。病人が多いので、といったらOKしてくれそうでした。でもその後に、車椅子とか酸素とかお使いですか?と聞かれました。もちろん肝炎で車椅子を使っている人はほとんどいません。なにか障害があることが確認できないので駐車場は空けられない、という返事でした。

なかなか一般の人には理解しずらいと思います。自分でも説明するのは困難です。私の義母のように経験して初めてわかってもらえるのかもしれません。 

     でこぽん

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2006年1月24日 (火)

患者会

患者会の応援が私にとっては大きな原動力です。

まだ積極的に活動しているとはいえませんが、熊本でも C型肝炎患者会  という患者会があります。九州訴訟が始まってから弁護団のホットラインに連絡してきた患者さんが主です。これまでの期日では毎回数人の方が熊本から傍聴に駆けつけていただきました。裁判前集会に間に合うよう、6時代の電車で来られる方もいます。みなさん体調が必ずしも良いといえない方ばかりです。なかでも肝硬変が悪化し生体肝移植をうけられた男性は患者会の代表を引き受けていただきました。

皆さん、私よりずっと長い年月肝炎と闘っておられます。患者会でお話しを初めて聞いたとき、私は目の前の患者さんを見て初めてこの病気の恐ろしさを実感しました。慢性肝炎のまま寿命まで生きられるのではないか、と思っていた自分がいかに甘かったか知りました。

私達患者は20年、30年という長い長い間、肝炎になったことについてあきらめて生きてきました。私は幸いこの裁判の原告となることができ、あきらめざるをえなかった自分の将来を変えたいという気持ちで闘っています。熊本から裁判支援をいただく患者さん達の思いも一緒です。この患者さんらの思いが実名公表した理由の一つです。

患者会と一緒にこれからも自分なりにできることをやっていきたい、そう思っています。

                             でこぽん

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2006年1月17日 (火)

リレーつばめ

いつも福岡に行く時はJRでいくのですが。

昨日は行きも帰りもリレーつばめ(八代で新幹線とリレーしている)。しかも、どちらも停車駅が大牟田、久留米、鳥栖、の三駅だったのでとても楽ちんでした。リレーつばめでも、時間帯によっては、やたらと停車駅が多いのもあるので、ラッキーでした。

さて、久しぶりの打ち合わせで少し不安でしたが、本人尋問より楽そうでホットしました。尋問と違って、書いたものを読めるので安心です。

今回は何をテーマにするのか、話し合いました。担当弁護士は、ずっと担当していただいている波多江先生と、今回担当の原田先生。これまでず~~~っと被害について話してきたので、もう被害はいいかな?

といっても、またまたこれまでのことを思い出して、ほじくられる(熊本弁ですかね?)のもつらいものです。しばらく忘れていた尋問を思い出しました。どんな意見陳述になるのか、、。がんばりまーす。

                                     でこぽん

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2006年1月15日 (日)

意見陳述

明日は意見陳述の打ち合わせで福岡にいきます。

今回は何回ぐらいになるのか、、、、。前回の本人尋問では台風直撃のため期日が延期になり、他の原告さんより7,8回多く打ち合わせをやりました。大変でした。提訴するまで、裁判所に行ったことも無く、弁護士と会ったこともなく、裁判とは全く無縁だったので、原告になってからは、正直、右も左もわかりませんでした。意見陳述も本人尋問もどんなものか知らず、まあ、目の前にあることを行き当たりばったりやってきた、という感もあります。弁護団の先生すみません。

しかし、今度は結審日の意見陳述。提訴して2年間、傍聴を続けてきて、自分なりに活動してきました。今回が法廷で自分を主張できる最後の機会。そう思うとやはり、がんばろう!とテンションも徐々に上がってきています。とにかく、悔いの残らないよう準備をしたい、という気持ちです。

担当の弁護士さんも今回変わりました。まだ一度もお話ししたことがないので、どういうふうになるのか、、、、、、。少し不安ですが。

                           でこぽん

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2005年12月21日 (水)

雪が降ってます

午後から降りだした雨がもう雪になって外は真っ白です。(誰かのクリスマスソングみたい。)夕食を食べながら我が家では明日どうやって仕事や学校に行こうかと、話しがはずみました。私は雪の日は絶対車には乗らず、家でじ~~っとしています。

さて、18日も福岡に行ってきました。2時から民医連の交流会に呼ばれていました。午前中に古賀弁護士が全体会で話しをされました。私は午後からの分科会に山口さん、小林君と参加。持ち時間は3人で20分という短い時間でしたが、原告としての思いをつたえてきました。その後、薬害オンブズパースンの猿渡さんが この訴訟の支援に取り組んで という題で発表されました。 医療機関が私達の裁判を支援していただくことは、原告にとって心強いことです。感染してからずっと医師や病院に対して強い不信感を持っていた私ですが、今は期待しています。

その後、弁護士会館で原告団総会がありました。今回は18番以降の新しく提訴された原告3名の参加もあり、にぎやかでした。八尋代表より今後の裁判の行方について説明がありました。判決に向けてまた新たな気持ちで活動することなどを話し合いました。また、先月末に提出された最終準備書面も見せていただきました。600ページを超えるもので、その厚さにびっくり。弁護団の先生方、ほんとうにお疲れ様でした。私は、来年の熊本集会のこと、そしてこのブログの宣伝をしてきました。

帰りは6人でご飯。初めてもつ鍋を食べました。飲み物はノンアルコールビール、おなかいっぱいになりました。 以上、18日の報告でした。     でこぽん                                 

  

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2005年12月19日 (月)

12月14日、19回期日その2

寒波の中の裁判前集会。最終弁論の日なのでマスコミのカメラも多く、いつものように入廷行動へ。後ろから弁護士にゆっくり歩くように言われるのだが、ゆっくり歩くのって意外と難しいのです。右手、右足が一緒に出そうなのです。寒さがひどかったので傍聴券抽選は裁判所の中で。なんと、本当のクジ引きでした。お箸の先に赤い印がついていて見事ゲットしました。

法廷は満席で私達原告は弁護人の席へ移動。ぎゅうぎゅう詰め。今度はみんな2キロダイエットしてこようね、というほどでした。

いよいよ意見陳述。4人の原告は以前の陳述ではおもに自分の被害を語っていたのですが、今日はそれぞれが裁判を闘ってきたうえで一番裁判所に訴えたいことを、堂々と主張しました。それぞれの個性が出ていました。

弁護士の意見陳述。浦田弁護士のいきなりの そんなに安全安全というなら被告は自分の家族にこの製剤を打てるのか、 という言葉にドキリとしました。また、徳田弁護士の陳述を聞きながらやはり自然と涙がこぼれてきました。そうなんです。私達原告は人生のあらゆる節目節目で歩んでいく道の軌道修正を強いられてきました。心の中で そうだそうだと叫んでいました。徳田先生の前回の意見陳述も心に残っています。先生の穏やかな口調の中には私たち被害者への思いやりがいっぱいでした。

記者会見では匿名原告の二人も会見してくれて、うれしかったです。その後報告集会ですが、私は午前中できなかったテレビ局の取材のため同席できず残念。学生の会の役員交代、白濱君、長い間ありがとうございました。

ということで無事期日修了。あとは懇親会。最近、参加者も多くてこの日も80人くらい?知らない人が見たら、一体なんの集まり?と思うでしょう。いろんな年代、いろんな職業の人、はじめて会う人、、、、懇親会だけ参加の人も多いのです。これを読まれた方、一度来てくださいね。期日に向けてたくさんの人がそれぞれの立場で準備をし、そして一日が終わります。懇親会での盛り上がりを見ても、ほんとに多くの人に支えられている、といつも感じます。いつかこの病気が治ったら、おもいっきり大好きなビールをみんなと飲みたい、と夢見ています。

なが~い一日もやっと終わり。でもまだ熊本まで帰らなければいけません。この日は10時10分の有明に乗りました。           でこぽん

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2005年12月17日 (土)

12月14日、19回期日 その1

遅ればせながら、先日の期日の報告をします。

とっても寒い日で午前中テレビ局の取材の予定があったため、8時に家を出てJRで博多駅へ。ところが、瀬高で人身事故があったらしく足止め。

1時間遅れで到着。取材はもちろん間に合わず、12時からのビラ配りに参加しました。

信じられないくらい寒かった~~~。でも、支援の方もたくさん来ていただき、みんなで30分間配りました。

雪とみぞれの降る中、道行く人の両手はしっかりポケットの中でしたが、浅野さんのマイクでの呼びかけがとてもうまくて、ポケットから手を出して受け取ってくれました。思わず大声で、 ありがとうございます と叫んでしまいました。

30分のビラ配りの後、いよいよ三菱ウエルファーマへ。そこで古賀弁護士と合流。そして待つことOO分。計っていないのでわからないけれど、とにかく寒かったのです。玄関は閉まっているし、担当者は来ないし。

そして、カメラの前で学生の会の中西さんが要望書を読み上げました。とても毅然とした声でかっこよかったです。寒さのなか、一緒に行動してくれたみなさん、ありがとうございました。

期日の感想はまた書きます。明日はまた福岡です。民意連の集会に参加後、原告総会です。お天気が心配です。最近いつも大荒れで、行いが悪いのかな?

(デコポン)

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2005年12月15日 (木)

バックオーライ

『くうブログ』にトラックバックしてみました。
上手く行くかなー・・・。

http://blogs.dion.ne.jp/coo72/

くうさま。意見陳述お疲れ様でした。
人のどんな痛みを感じたのでしょうか?

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12月14日(水)に福岡地裁で最終意見陳述

12月14日(水)に福岡地裁で最終意見陳述

原告側は感染原因となった血液製剤フィブリノゲンは、国が定めた臨床試験が実施されず、薬としての有効性はなかったと指摘しました。

法廷に立った原告の小林邦丘さんは、原告の仲間がC型肝炎の進行によって、次々と肝硬変や肝がんで命を失っている実態を証言し、早期解決を裁判長に求めた。小林さんは「悔しい思いや苦しい思いをした患者さんのことを思うと、やはりわたしのような人間がやらなければ、この問題は社会の中に埋もれてしまうと思っています」と訴えました。

また、山口さんは、この薬害の構図を今回の裁判で断ち切りたいと「薬害が繰り返されるのは、やはり過去の教訓に学ばず、被害をあまりにも矮小(わいしょう)化した結果ではないでしょうか」と訴えました。

九州訴訟は次回の2006222日で結審しますが、被告の旧ミドリ十字(現三菱ウェルファーマ社)は、意見陳述を行わない方針を明らかにしています。これに対し原告側は、説明責任を果たす意思がないと反発を強めています。

FNNニュースから抜粋しました)

詳しくは古賀克重弁護士HPブログへ

http://lawyer-koga.cocolog-nifty.com/

(KIYO)

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