2009年4月 5日 (日)

国会請願

3月31日に署名提出

これまでに集まった約9万筆の署名を28人の紹介議員(多くは厚生労働委員会の先生方)のもとに提出してきました。紹介議員によって衆参両院に提出され、法律の早期制定が請願されることになります。

31日は10時30分から国会内集会。昨年の救済法成立の時に尽力いただいた議員はもちろん、今回も党派を越えてたくさんの議員がお見えになり、法律制定への意欲を語られました。

その後3団体で手分けして紹介議員に署名を持って「一日も早く法律を作ってください。」とお願いしてきました。やっと与野党協議もはじまり、翌日の厚生労働委員会では肝炎問題が質問されています。今国会でぜひとも成立させて欲しいものです。

国会請願は盛り上がったのですが、夕方から始まった民主党の肝炎対策会議でがっくり。「根治目的でない治療には助成できない。他の疾病との兼ね合いがあるので肝臓病だけ特別扱いできない。」こんな言葉の繰り返しでした。医療行為による感染は国の責任ではないか、と主張する私達とは議論はどこまでいっても平行線でした。相変わらずの官僚の答弁にイライラ。やはり国の責任を明記した法律でなければと強く思いました。

     でこぽん

2009年2月25日 (水)

野党案提出

報告が遅くなりましたが、先週20日に提出されました。

20日は野党による報告集会と記者会見のために東京へ。野党4党による特定肝炎対策緊急措置法案が衆議院に提出されました。前回の民主党案は昨年3月に協議打ち切りとなり、その後廃案となっているだけに今回の法案はぜひとも成立させて欲しいと思っています。

国の責任が明記されており、インターフェロン治療費とB型肝炎の抗ウイルス薬の助成が盛り込まれました。インターフェロンの自己負担額は0、1、2万円となっており、現在の1,3,5万円より大幅に負担額は軽減されています。この助成が実現できれば今より多くの患者が治療を始めることができます。救われる命は確実に増えるのです。

といっても、まだ提出されたばかりで先行きはわかりません。与党は協議を始めるつもりがあるのかもまだわかりません。こうしている間にも私達患者の病状は確実に進行し、悪化しています。1日に100人以上の大切な命が肝硬変、肝癌で失われています。先日も熊本でずっと一緒にやってきた患者さんの病状が思わしくない、と連絡がありました。彼女のために何もできない自分が情けなく、申し訳ない気持ちで一杯です。なぜ国は苦しんでいる国民を助けないのか。怒りがこみ上げてきます。

命の時間があるうちに、少しでも患者に希望を持たせてほしい。命は待ってはくれないのです。

           でこぽん

2009年2月19日 (木)

昨日と明日のこと

昨日は患者救済法案の一日も早い国会への提出をお願いに行ってきました。

国民新党ヒアリング、社民党福島党首面談、最後は民主党ヒアリング。与野党協議の再開と野党案の早期提出をお願いしてきました。どの政党でも前向きな言葉をいただき、期待して帰りました。

そして明日ついに野党合意案の提出が決まりました。昨日の今日でびっくりです。大きな大きな前進です。

明日もまた東京に行くことになりました。

            でこぽん

2009年2月 7日 (土)

再び大分へ

昨日は日帰りで大分へ行ってきました。

6日、大分県と肝炎対策についての意見交換がありました。大分の原告さんにとって初めての活動ということで応援要請が。10時半に大分県庁集合、、、早っ。いつもなら阿蘇の景色を眺め眺め、道の駅で休み休み、3時間のドライブも苦になりませんが、最近の体調ではちょっと無理かなと。解熱剤を飲んだら眠くなるので、バスか電車にしたかったのですが、熊本からその時間に着く便はどちらも皆無。早起きして車で行ってきました。

大分では拠点病院も肝炎対策協議会ももうすでに設置されていました。私達は患者の立場、被害者の立場から、行政にまずやって欲しいことなどをひとりずつ述べ意見交換。県からは「患者である皆さんの声が聞けてとても参考になりました。」と丁寧で前向きな返事がありました。

制度はいちおう整備されてはいますが、中身はこれから、という印象でした。もっと充実させて、ひとりでも多くの患者が治療に専念できる環境を作ってほしいと思います。

熊本県とはずいぶんな違い。熊本県は国から言われている最低限のことをやっていないため、わけのわからない言い訳ばかり。官僚の答弁と一緒だな~~、と思いながら言い訳を聞いていました。大分が最後になりましたが、九州各県で意見交換が行われたことになります。これをふまえて弁護団は各県の肝炎対策の状況をまとめ、ランキングするようです、、、、キビシイ弁護団です。記者会見もあるとか。

終了後、みんなでお昼を食べました。フィブリン糊ケースの方が4人。フィブリノゲンが2人。皆さんまだ和解できていません。早く和解できれば治療に専念できるのに、と言われていました。

8時に無事帰宅。金曜になると副作用もおさまったのか、昨日は熱も痛みも出ませんでした。よかった。

      でこぽん

2009年2月 3日 (火)

あっという間に2月

先週の東京行動からもう1週間経ちました。(詳しいことは古賀弁護士のブログをご覧ください。)

東京から帰ったものの、自分の用事で毎日忙しくしていましたが、やっと昨日ひと息つきました。もうこれ以上動けないくらいに疲れました。治療のせいだとわかっていてもつらいです。

東京では27日に1周年記念集会がありました。また27、28日の二日間を通して、自民党以外の各政党ヒアリングと議員面談を行いました。患者会とB型肝炎原告団と協力して国会に患者救済法の必要性を訴えてきました。私は4人の議員と面談しましたが、やはりトーンは低め?ヒアリングでは前向きな発言がほとんどでしたが、昨年の救済法ですでに解決済みと認識されているのは否めません。肝炎問題が数ある社会問題のなかで優先課題として国会に認知されなければ法律化は難しいと感じました。

一方、これまで何度も被害は聞いてきましたが、今回ピアリングの場で初めてB肝原告さんの被害を聞き、その深刻さに胸が締め付けられました。毎日100人以上が医原病である肝臓病で亡くなっている現状は間違いなく国の最優先課題であるはずです。命の問題にこそ国は一日も早い対応をとって欲しいと思います。

九州からは二日間で約30人の原告が上京しました。治療中の原告も10人ほど参加しており、体調面でもかなり過酷な行動だったのではと思います。いまだに被害者が命を削って自ら訴えなければ何も状況は変わらないのです。悲しい現実です。

それでも声を上げることが私達の義務だと思っています。

      でこぽん

          

2009年1月26日 (月)

東京

明日から東京です。

27日は基本合意1周年記念集会があります。

また、肝炎基本法の必要性を国会議員に理解していただくために27日、28日の二日間、国会を回ってきます。各政党ヒアリングと議員の個別訪問などが予定されています。今回の活動は私達だけではなく、B肝訴訟原告団と患者会と合同で行います。基本法制定は全ての患者の願いだからです。国会の反応がどんな感じか全くわかりませんが、がんばってきますね。

今日24本目を打ってきました。さっき打ったばかりなのに頭がぼ~~っとして、なんだか熱が出そうな嫌な感じがします。夕方のいつもの時間にもかかわらず病院は混雑していました。マスクをしたり咳をしている人ばかり。風邪やインフルエンザにかかったら最悪です。明日はどこに行っても人だらけなので憂鬱。インターフェロン中はインフルエンザにはかからない、という話も聞きますが本当でしょうか。

明日の集会には東京赴任中のKIYOさんも駆けつけてくれます。会うのは本当に久しぶりです。

         でこぽん

2009年1月19日 (月)

大分

週末は大分へ行ってきました。

16日福岡に行ったとき、小林君から「明日大分へ行きませんか?」と誘われました。東京、福岡と続いたので少々疲れていましたが、翌朝起きたらとてもいいお天気。阿蘇抜けの山道をドライブしたくなって行ってきました。日帰りのつもりが結局1泊してしまいました。いつも宿を提供してくれる友人は予告なしに行ったのに、快く泊めてくれました。

目的は大分の原告団会議。原告と家族、弁護団、支援、20人程の参加で、今後の活動についての話し合いでした。救済法成立以降に提訴された原告さんたちですが、これから積極的に自分達のできることをやっっていきたい、と話されていました。

その後の懇親会ではやはり治療の話がでました。みんな副作用や後遺症に怯え、治療には消極的な印象でした。「生の治療経験を聞きたかったのです。」といわれました。

病態も考え方もそれぞれで迷うのは当然です。自覚症状もなく正常値でも、このまま進行しないという保障はどこにもないのですが。治療開始までのハードルはやはり高そうでした。

       でこぽん

2009年1月16日 (金)

基本合意から1年

怒涛のように過ぎていった1年でした。

1月11日に救済法成立、15日に基本合意締結。記念すべき1日でした。やっと長い裁判から開放される、安堵感で満たされていました。総理や大臣の言葉は、基本合意に書かれたことを国は速やかに実行してくれる、そんな期待を持つには充分でした。

それから1年間、私達は国との協議を続けてきましたが基本合意の内容はほとんど具体化されてはいません。当然国がそんなにすんなりと私達の要求を認めるわけはなく、これからも根気強く声を出し続けるしかありません。声を出すことを止めたら肝炎問題の進展はそこでストップするでしょう。当事者が動かなければ何も変わりません。

今日、天神で街頭活動をしました。小雨の降る寒い中、マイクを持ち、肝炎基本法を求めるビラを配りました。その後記者会見。集まったC肝原告7人のうち4人は治療中でした。みんな会うたびに痩せています。ここまでもう5年を費やしました。私達にとってはどこまで行っても終わりのない闘いなのかもしれません。

来年の節目の日には、少なくともC型肝炎との闘いは終わっていたいと思います。

      でこぽん

2009年1月10日 (土)

続、県のやる気

熊本県の肝炎対策についての記事が昨日の毎日新聞熊本版に。

記事を読むまで、熊本県が肝炎対策協議会をいまだに設置していなかったことを知りませんでした。12月3日の意見交換時には、当然設置されて協議が行われているものと思っていました。そんなこととは知らず、「協議会メンバーにぜひ患者を入れてください」と要望してしまいました。「検討します」というお決まりの回答でしたが、記事によれば設置されていないのは熊本を含む4県だけだそうです。

拠点病院はワースト15、協議会はワースト4。このままいけば最後まで残るのは熊本県。県が動かないのは怠慢と言われても仕方がありません。やっと思い腰をあげそうな感じですが、ぜひ両方とも今年度中にやってほしいものです。

      でこぽん

2008年12月27日 (土)

やっぱり

カルテはちゃんと残っていました。

過去2度の調査で、「カルテはない」としていた国立病院機構に厚生労働省が直接職員を派遣して指導した結果、46機構のうち43機構にカルテが残っていました。その中で、3人の患者にフィブリノゲン投与の記載が確認されたそうです。

これは、9月の大臣協議の際、「カルテがないといっている病院でも実は残っているケースがあるので、国が率先して被害実態調査をやってください。」との原告弁護団の要請に、「今日からでも電話をかけてもう一度調査をする。国立病院機構については直接職員を派遣して指導する」という舛添大臣の意向をうけて調査が行われていました。

46のうち43なんて。ほとんど残っているじゃないですか。患者の問い合わせには門前払いをしておきながら、国の直接指導にやっと重い腰を上げたとすれば、あまりにも患者を軽視した態度です。医療機関として恥ずかしくはないのでしょうか。

7000の納入医療機関にはまだまだカルテは残っていたり、隠されているはずです。

ウソをつかれたり真実を隠されたり。これまでこんなことが何度あったことか。少々のことではもう動じなくなりましたが。

      でこぽん

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