2009年12月 7日 (月)

終了後4ヶ月

今日は月に一度の定期検査でした。

1ヶ月前に行ったウイルス検査の結果は陰性でした。「今日の結果でまた治癒に近付きましたね。」と主治医から説明を受けました。私よりなんだかうれしそうな感じで。白血球、ヘモグロビン、血小板など、治療中に要注意だった値は正常値まで回復していました。

ほぼ同時期に治療を始めた原告仲間の治療経過、結果、終了後の経過もほんとうに様々です。昨日は福岡で会議があったのでみんなと情報交換してきました。72週終了後も少量投与を続けていたり、薬量を減らしたため48本が58本に増えたり。終了してもうつや甲状腺の後遺症が改善しなかったり。厳しい状況でもみんな頑張っています。もちろんとっても元気な人も。

私は相変わらずあちこち移動でばたばたしているのがいけないのか、熱が出るのがとっても気になります。最近は減っていますが。今回また免疫の値が異常値でした。主治医からは、「熱の原因かもしれません。もう少し様子を見ましょう」と言われました。体重もなかなか増えてくれず、1キロ痩せてしまいました。ちゃんと食べていないから。

あまりぱっとしない体調ですが、無事に完走でき、陰性継続中であることだけでもありがたいことなので、もうしばらくあせらずにゆっくりした気持ちで過ごしたいと思います。あれだけ強い薬を1年間も投与したのですから回復にも同じくらいの時間がかかるのかもしれません。

                                 でこぽん

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2009年11月 9日 (月)

終了後3ヶ月

今日は熊大で検査でした。

9月28日に行ったウイルス検査の結果は陰性でした。過去2回は検査結果に気持ちがぜんぜん向きませんでした。副作用がまだ残っていたし、治療が終わったこと自体に満足していたのかもしれません。今日は結果を聞くまで落ち着かずドキドキしてしまいました。月に1度の憂鬱がしばらく続きます。

他の検査結果も問題ありませんでした。前回指摘された膠原病の値も改善されていてほっとしました。が、順番を待っている時も熱が出て、計ると37,5度。ドクターは、「微熱の原因は思い当たりません」と。まあいいか。以前のように節々の痛みもないので解熱剤なしでも大丈夫なので。そのうち治るでしょう。(前向きです)

病院の廊下で、肝移植を受けられた患者さんとばったり会いました。福岡での裁判を実名でずっと応援してくれた方です。6年前、移植前の浦田さんの姿に衝撃を受けたことが、実名で裁判に参加した理由でした。「裁判が終わっても何も変わっていない」会うたびに怒られていましたが、今日はいきなり握手されてちょっとびっくり。法律を一番待ち望んでいる一人でしたから。明日は新聞社の取材を受けられるそうで、どんな記事になるのか楽しみです。現在浦田さんは移植後にIFN治療でウイルスを排除されていますが、ここまでの道のり、どれだけ大変だったか想像もつきません。この6年間のことをいつか語り合えたらと思っています。

                         でこぽん

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2009年10月 3日 (土)

終了後2ヶ月

28日は4週間ぶりの診察でした。

採血はいつものように6本。採血をしている時間はたぶん2,3分なのにとっても長く感じられます。気分がいつも悪くなり、痛いし、苦手です。

前回8月31日に行ったウイルス検査の結果は陰性でした。「今月と来月の結果がよければ少し安心できますよ。」ドクターはいつもよりにこにこの笑顔。。再燃した時はドクターもショックを受けるというような話もされました。

血液の値はほぼ正常値なのですが、IgGという値が高値を示しているので様子見ということでした。免疫の値だということですが、、、。微熱の理由もはっきりしませんがこちらも様子を見ることになりました。

1月まで毎月こんな感じで検査が続きます。1年間やるだけのことはやったので著効を信じてはいますが、再燃したときのことも頭をよぎります。いまさら考えても仕方ないので、そのときはそのとき考えることにします。

                                でこぽん

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2009年9月21日 (月)

終了後6週間

熱はいつまで?

先月末のことですが、熊大で終了後1ヶ月の血液検査とエコー検査をしました。血液の値はほぼ正常範囲内におさまっていました。エコーの結果も異常は見当たらず、以前指摘されていた脂肪肝もきれいに改善していてひと安心。

まだ熱は続いています。もうそろそろ微熱ともさよならしたいのですが。寝る前は安定剤を飲まないと眠れないような気がして今も依存中。朝は最悪で、今日はこんなに良いお天気なのに部屋のカーテンやブラインドを開け放つ気分にならず閉めたまま。あいかわらず必要以外はこもったままです。痒みもなかなかおさまらず、足は半年間も悲惨な状態。最近はまぶた、目の周りの痒みに困っています。インターフェロンのダメージって大きくて、なかなか抜けない。

とはいっても治療中に比べると少しずつ体調は楽になってきています。去年の秋はナシとリンゴばかり食べていましたが、食べたいもの、食べれるものが増えてきて体重も2キロ増。副作用で泣きたくなることもありましたが、もう少し時間が経てば気力も回復して元の生活に戻れそうなイメージを持てるようになってきました。よかった。時間がリハビリかな?

来週は検査日。ウイルスが陰性のままだったらいいのですが、、、あと半年は検査結果にドキドキです。

                         でこぽん

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2009年8月14日 (金)

闘病生活

昨年8月14日に治療のため入院、今日でちょうど1年が経ちました。肝炎と決別するために頑張った?我慢した?1年間でした。

裁判では自分の被害を嫌というほど語ってきましたが、ブログには書いたことがなかったので、闘病生活の経過を少し綴ってみます。今さらですが。

1987年7月、双子の男子を出産した際、輸血と血液製剤の投与を受ける。(血液製剤投与については16年間知らずに過ごした)。翌日黄疸が現れ、産後3日目に内科医院に転院。2週間の絶対安静と点滴治療。医師は原因や検査数値については教えてくれず、いつもうやむやな答えだった。感染直後の肝数値が一体どの程度だったのか知らないまま。今考えると、医師は故意に告げなかったのだと思う。

1987年9月、一時退院したが再び肝数値が跳ね上がり再入院。病名は非A非B型急性肝炎、原因は出産時の輸血と診断された。半年間の入院生活で強ミノファーゲンを毎日投与したが、数値は安定せず700~100くらいを行ったり来たり。

1988年1月、退院。その後4年間ほど週2、3回強ミノ静脈注射を続けたが、数値は正常値には戻らず、この注射をどれだけ打っても同じだと思うようになった。途中、承認されたばかりのインターフェロン治療を勧められたが、医療への不信感があり拒否。また検査結果に一喜一憂することに疲れてしまい、通院を止めてしまった。その後裁判が始まるまで10年間病院には行かず、肝炎についての情報もシャットアウトした。肝炎のことを忘れて暮らしたかったのだが倦怠感や疲労感が強くて結局肝炎のことを忘れる日は1日もなかった。肝硬変や肝ガンに進行しなければ、慢性肝炎のまま寿命をまっとう出来れば、という気持ちだった。治療は放棄したが一生ウイルスと共存していく覚悟をした。

2004年3月、薬害肝炎九州訴訟の1陣原告となった。診断書提出のために10年ぶりに以前の内科医院に行き検査。GPTは90、慢性肝炎と診断された。ペグイントロンを勧められたが訴訟中でもあり治療は考えられなかった。しかし訴訟に参加したことで最新の治療情報を知ることになり、いつかは挑戦しなければという気持ちになった。

2006年10月、福岡地裁の判決後、専門医のいる熊大病院を初めて受診。1B型と診断された。その頃は肝数値も正常値、ウイルス量も落ち着いていた。

2008年2月、訴訟が解決したので半年ぶりにおこなった検査でウイルス量が突然跳ね上がった。4月の検査でも再び上昇。「1B,高ウイルス量なので治療期間は72週」と医師から告げられ、初めて治療時期を本気で考えた。

2008年8月14日、肝生検とインターフェロン治療導入のために熊大病院に3週間入院。

2009年7月28日、インターフェロン50本の投与をもって治療終了。

2009年8月、治療終了後2週間経ったが、治療中と変わらず副作用に悩まされる日々。

             でこぽん

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2009年8月10日 (月)

終わったけれど

ペグイントロンは7月28日、レベトールは8月2日が最終日でした。

治療が終わって1週間たちました。体調が即刻元に戻るわけでもなく、この1週間はこれまでとおんなじでした。血中濃度が低下するには4週間ほどかかるそうです。どんな感じで薬が身体から抜けていくのかな、じっくり体感したいと思っています。

微熱はまだ続いていて今日も37度あり、薬はまだ効いているようです。ヘモグロビンは治療中ずっと10~11で貧血症状はさほど気になりませんでしたが、昨日は駅の階段が上れなくて、歩くのもやっとでした。安定剤は1ヶ月分処方してもらっています。これがないとまだ眠れそうにありません。出掛けたり人と会うことが苦になるのでなるべく家にこもっています。最低限のことはどうにかこうにかやっているつもりですが、人から見るとできていないかもしれません。

「終わったのに」という気持ちもありますが、あせっても仕方がありません。薬の血中濃度が下がる1ヶ月間はまだ治療中だと考えることにしました。弱っている分、リハビリには時間がかかりそうですが。

とはいえ、毎週月曜日の注射と朝夕のレベトール服用がなくなってほんとうに自由になりました。かなりのストレスでした。せいせいしています。

          でこぽん

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2009年7月27日 (月)

50週目

完走することができました。心配してくださりありがとうございました。

今日で50本の投与が終わり、目標だった完走を果たすことができました。といってもあと1週間はレベトールの服用は続き、今週も同じように副作用に悩まされます。治療の結果は半年後に判断されるので、それまで毎月検査に来るよう主治医に言われています。来月は肝エコー検査も眼科受診もあります。というわけでまだ全く実感が湧かない、というのが正直な感想です。ただ来週から月曜日に病院に行かなくてもいい、注射をしなくてもいいことがうれしいくらいです。

ひとりではこの治療は乗り越えることができませんでした。今日は主治医に感謝の気持ちを伝えたかったのですが、テレビ取材でカメラが回っていたのでなんとなくきちんと伝えられず少し心残り。私にとっては高いハードルだったこの治療を決心できたのも、完走できたのも強気な主治医のおかげだと思っています。そんな専門医と出会えたことは幸運でした。

取材中にたくさんのことが心に浮かんできて思わず涙が溢れました。感染した22年前は治療法はないと宣告され、一生肝炎と付き合っていく覚悟を決めていました。治療を受けることが出来ただけでも何よりでした。ただ22年間はあまりにも長すぎましたが。

治療のことについてはこれからもぼちぼち更新していきます。明日は東京で大臣協議があるので早起き必須。これからデパスを飲んで何が何でも眠らなければならないので、、、。

        でこぽん

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2009年7月22日 (水)

49週目

だめおし投与1回目

昨日の午前中は眼科を受診しました。網膜の異常もなく、すべての治療が終わって、来月もう1回検査することになりました。夕方はかかりつけ医で無事49本目を投与。来週は熊大で検査なので、昨日が最後。先生や看護師さんに1年間のお礼を言って帰りました。「1年間がんばりましたね。ヘモグロビンや白血球が安定していて完走できてよかった。」と言ってくださいました。半年後、著効を報告できればいいのですが、、、。

先週のやけどは24時間冷やしたのがよかったのか、水ぶくれにもならずきれいに治りそうで一安心。念のために、塗り薬を処方してもらいました。

先週の移動と3連休の1日を使って少し遠出したのがたたったのか、疲れがなかなかとれません。おまけに3男が2泊3日の弾丸帰省、嵐のような3連休でした。来月は旅行や同窓会などのお誘いがありますが、出掛ける気力も体力も湧いてこないので断わろうかと思っています。治療が終わって体と心が元気になるのはいつでしょうか?

今日(22日)夕方のニュース番組でC型肝炎の特集があります。熊本限定ですが、KKTで4時50分ころから。おもに治療の話です。私もインターフェロン治療について取材をうけたのでちょろっと映る予定です。熊本にお住まいの方はご覧ください。

子供部屋を探したら観測グラスを発見したので、午前中は日食を観ていました。熊本では太陽の93パーセントが欠けました。夕方のように薄暗く、気温も急に下がりました。木漏れ日は三日月の形。不思議な2時間でした。

             でこぽん

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2009年7月16日 (木)

48週目

泣きっ面にハチ

13日についに48本目の投与が終わりました。いちおう目標は達成したというこになるのでしょうが、あと2本だめ押し投与が残っています。

5時過ぎに注射を打ってもらい、家に帰り夕食を作っていたらとんでもないことをやってしまいました。熱湯が右手に。パスタのゆで汁を捨てるつもりが、自分の指と手の甲に捨ててしまいました。一瞬のタイミングのズレ。ばかでした~~~。その夜は痛み止めを飲んで一晩中氷で冷やしほとんど眠っていません。激痛でした。結局24時間痛みがあったのでその間ずっと冷蔵庫から離れられない状態。やっと痛みはおさまりましたがこの先どうなるのか。まだ赤く腫れています。

ありえない失敗に落ち込みました。インターフェロンのせいにするのはちょっと気が引けますが、治療を始めてから頭がまわらない、集中しない、イライラする、ということはしょっちゅう。車の運転もあまりしたくありません。あと2本なので何も起こりませんように。

昨日も一日中微熱がありました。37,3と微妙なかんじですが、頭痛もひどくて最近は解熱剤が離せません。我慢しないで早く楽になるようにいろいろ飲んでいます。

今日は午後から東京です。移動が今の私には一番つらくて、回復するのに相当時間がかかります。月末まで3回の東京行きを乗り越えたらいよいよ治療終了を迎えることになります。

         でこぽん

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2009年7月 9日 (木)

46,47週目

50本まで残り3本となりました。

インターフェロンとレベトールが身体の中で飽和状態。中盤まではなんとか余裕もありましたが、40本あたりから切羽詰ってきました。

不眠はデパスを飲むようになって解消されましたが、そのかわり一日中頭の重さは取れません。主治医から0,5錠に減らすように言われたので半錠飲んでいますがそれでも効きすぎているのかもしれません。 夕食後にレベトールを2錠飲んだ後は必ず痒みが襲ってきて、顔、頭、足、肩、おなかがむずむず。掻きむしってしまった場所がなかなか治らず無残。特に足がひどくて、今年の夏はスカートははけません。微熱はずっと続いていて、いつも37,5度くらい。熱があると食べられないのでまた体重が減ってきました。

一番嫌なのが神経過敏。眠れるようになったので少しは改善しましたが、、、。相変わらず何も手につかない状態です。体調がひどい日は一日中寝ていて、これが人間生活か?と情けなくなったり。

今ある最善の治療を受け入れました。そのことに迷いはありませんが、それにしてもこんなにひどいといろいろ考えてしまいます。終わったら元に戻るのかな?それも不安。あと3本なのでここまできたらジタバタしてもね。じっと終了を待つだけ。

      でこぽん

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