2013年11月15日 (金)

へこみ中

年に数回、大学などで薬害肝炎の話をしています。そのレポートが送られてきました。

「同情のCimg1772念を送ります。」「かわいそう。」

必ずこんな言葉に出会います。

被害者として同情されることはある意味仕方のないことかもしれません。もちろん悪意なんてあろうはずもなく、正直な気持ちだとわかっています。

それでもやはり、、、こたえます。

2013年11月 8日 (金)

秋の長崎へ

昨日は長崎大学でお話してきました

もう今年でCimg17696回目となりました。

熊本~長崎間は高速バスで3時間半の長丁場。着いたらいつも長崎皿うどんでお腹を満たしてから大学へ。細麵好み。

2008年に初めて伺ったときはちょうど治療を始めたばかりのころ。昨日、担当教官の黒田先生から、「でこぽんさん、とても明るくなられましたね」と。

あの頃ってそんなに暗かったんだ。きっと副作用のきつさと不安でいっぱいいっぱいだったんでしょうね。

最近の新聞記事のコピーを資料として持って行きました。降圧剤ディオバンの不正論文問題と、大衆薬のインターネット販売に関する記事。楽天の社長がテレビカメラの前で、「安全性に何の問題があるんだ」と大激怒していましたが、国はよく判断してくれたと思います。

私達薬害被害者の願いは、「薬害のない社会」。

もちろん第三者機関などの国のシステムつくりも重要です。加えて、「人」。最前線で仕事をする人たちが、「命に関わる仕事をしている」ということに誇りと責任を持つことが大切なのではないかと思うのです。

薬学部の1年生はみんなきらきらして見えました。6年後には間違いなく医療現場や行政機関、そして製薬企業などの最前線で仕事をするようになる人たち。

未来へ希望を託したい若者たちです。

2013年11月 6日 (水)

秋の大分へ

3連休は大Cimg1768分へ行ってきました

薬害HIV訴訟原告であった、草伏さん、M君、そして昨年亡くなられた瀬戸さんの追悼集会が毎年この日に開かれています。

今回も草伏さんの生前の講演をビデオでたどりました。病状が悪化していく中でのたんたんとした語りに毎回衝撃を受けます。

遅まきながらですが、命を削って闘った3人の方の生き方を知ることで、そして集会に参加した方々のお話をうかがうことで、自分自身の活動の原点に帰ることができるのです。

2013年5月17日 (金)

東京へ

先週に続きまた東京へ行ってきました。

今年度の大臣協議をひかえて、恒久対策について厚生労働省と協議を行いました。

事前に弁護団Cimg1627から提出された質問事項について、担当者から回答がなされました。しかし、回答書が届いたのは、協議の前日の午後。こんなところからも役所の本音や体質が見え見えです。

1日に120人が肝臓がんで亡くなっている現実。苦しんでいる患者にとっては待ったなしなのですが、治療体制の推進と治療費助成の問題を、今年も地道に要求を続けていくしかありません。

2013年4月 3日 (水)

やっとここまできました

昨日、「薬害再発防止の制度実現に取り組む国会議員連盟」の設立総会が開催されました。

インフルCimg1606エンザ(たぶん)の衝撃がまだ残っているかもと心配しつつ、寒い東京へ日帰り。

参議院会館の会議室は、肝炎原告団をはじめ、薬害被害者、支援者、マスコミで100人を超える盛り上がりでした。そして、議連の議長である自民党の尾辻議員をはじめ、超党派の国会議員が20名ほど集まってくれました。

第3者機関設立のために、民主党政権時から「議員連盟」の立ち上げを求め、何度も国会へ足を運びながらも、政権交代で仕切り直しとなりました。そして、やっと昨日ひとつの形ができました。

国民の目線から見ると、医薬品行政の監視・評価を行う「第3者機関」を設けることになんの障壁があるのかと思います。しかし、監視される側の厚生労働省にとってはありがたくない話。

民主党政権時代の各厚労大臣は、大臣になったとたんにトーンダウンしていましたが、今回の議連メンバーには、自民党の尾辻議員をはじめ、与党議員の名前があることが心強くく思われます。

5月の連休明けまでに議論を尽くしたい、ということで毎週火曜日に定例会議が開かれることも決まりました。

私達薬害被害者が求める、第3者機関が設置されるまで、これからも注視していくつもりです。

2013年3月13日 (水)

こころざし高く




患者さんの訃報が届き、悲しいお別れをしてきました。

球磨郡錦町のCimg1532C型肝炎患者でつくる”のぞみの会”の代表をされていたTさん。

出会いは2009年でした。のぞみの会の総会に呼んでいただき、その後3回錦町でお話する機会がありました。Tさんは、50歳で肝がんを発症し、亡くなるまでの15年間、十数回の手術をされています。ご自身の病状は深刻であるのに、会の活動を通して、仲間のことをいつも心配し、励ましておられました。

また、錦町と一緒に、国や県に錦町の現状報告をしたり、肝炎対策を要望するなどの活動をされていました。昨年末には、町議会の一般質問でC型肝炎問題が取り上げられ、のぞみの会で傍聴されています。

身体障害者手帳の給付が開始されることが決まった日、私は当然Tさんも該当すると信じて疑わず電話をしました。Tさんは申請のため、すぐ医療機関を受診されましたが、申請すらすることができませんでした。それほど給付のハードルが高いことを知り、愕然としました。

実際お会いしたのは数回ですが、入院が決まった時や退院したときに何度かお電話をくれました。私はただお話を聴くばかりで何も力になることはできませんでした。

私達の訴訟は、これまでたくさんの患者さんに支えられてきました。熊本で共に闘ってきた患者さんが亡くなられるたびに、そのこころざしの高さと無念さを痛感します。その尊い死は決して無駄にしてはならないと思うのです。

小崎さんやTさんのこころざしを少しでも引き継いでいこうと気持ちを新たにしました。

2013年3月 6日 (水)

田辺三菱製薬との定期協議

少し前のことですが、2月末に、田辺三菱製薬との継続協議が大阪で開かれ参加しました。基本合意にのっとって開催されており、今年で4回目の協議でした。

原告団の要求事項は、主にこの3点です。

① 薬害肝炎事件についての社内検証を行うこと

② 社内での薬害教育に被害者の声をとりいれること

③ 未告知者解消のためのカルテ調査を自発的・積極的に行うこと

結果は前年までとほぼ同じで、

①については、薬害エイズ事件ですでに検証済みなので、あらためて肝炎については行わない。

②については検討している。

③については現在やっていること以外はやらない。

昨年までの協議で、原告団のいくつかの要求に、「検討します。」という回答をしています。しかし、今回にいたっては、「検討したかどうかを回答する約束はしていない」という返事に終始しました。

2時間の協議でしたが、人の命や健康に携わる仕事をしている製薬企業とはかけ離れた発言と態度でした。

そんなことは訴訟中から知ってはいましたが、社会的制裁を受けたことで反省し、少しは改善しているのではないか、変わって欲しいと協議に臨みました。

しかし、田辺三菱ははなから何もやるつもりはなく、基本合意書に書いてあるからという理由で臨んでいるとしか思えませんでした。

いまだ自らの感染すら知らない人も含めて、どれだけの被害者が存在するのか?薬害であることを隠ぺいし、長年放置していたため、今では真相さえ明らかにできません。

被害者には何一つ非はないにもかかわらず、多くの命が奪われ、人生が狂わされました。

たくさんの人が病気の進行に怯えながら、何十年もの闘病を強いられています。そして、無念のうちに亡くなっています。唯一の治療法であるインターフェロン治療にはたくさんのリスクがつきまといます。

2008年9月。大阪での和解協議の席上、当時の葉山社長は原告団に謝罪し、薬害を二度と起こさないよう最大限の努力をすると約束しましたが、それも口先だけのことだったのでしょう。

田辺三菱製薬は、この悲惨な薬害事件を真摯に反省し、何らかの形で社会に還元してほしい。そういう気持ちで臨んだ協議でしたが、これで終了となりました。何も得るものがありませんでした。

2013年1月23日 (水)

肝炎サロン

今年初めてのサロンに行ってきました。


今日は熊大病Cimg1479院で。この後、2月にかけて、熊本県内3か所、八代・玉名・天草で開催されます。

マスコミが広報してくれたおかげで、今日は30人を超える方が参加してくれました。1部は、ドクターの医療講演会。2部は、参加者同士が気軽に病気のことを話す、語らいの時間が設けてあります。県の担当者や地域保健所の肝炎担当者も語らいの時間には患者のテーブルに座り、話を聴きます。また、ドクターと薬剤師は個別相談に応じます。

最新の治療情報を聴くことができました。テラビックが認可されて1年が経ち、熊本県でもそろそろ治療結果が出始めているようです。やはり気になったのは副作用のことでした。特に皮膚疾患については、写真を引用してあり、かなりリアルでした。実際に3剤併用療法を終えたばかりの患者さんが体験をお話になり、このままマイナスが続いてほしいと心の中を打ち明けてくれました。

また、薬剤師による、テラビックの服用方法など、詳しい説明があり、とても勉強になりました。8時間おきの服用など、食事との兼ね合いが大変そうです。

熊大病院でのサロンも今回で6回目。やはり高齢の方が目立ちます。60代~70代、私の隣の方は80歳でした。病状もさまざまで、肝硬変やガンに進んだ方も。

一人で病気と向かい合っている患者同士が触れあい、そして少しでも支え合うことができたら。そして、信頼できるドクターとの出会いがあれば、治療や闘病生活は今よりきっと良い方向へ向かうと信じています。

初回からずっと参加されている方も数人いらっしゃって、今日は親しくお話しました。今度お茶でも飲みに行きましょうと約束して帰ってきたのです。

2012年12月 5日 (水)

薬害再発防止のために

企業との継続協議が過去3回開催されていて、残りあと1回です。

今年1月のことですが、田辺三菱製薬との3回目協議に参加しました。

原告団が求めている薬害肝炎事件の社内検証や再発防止のための社員教育など、とても十分なものではなく、特に社内検証については全く行う意思がありません。また、被害者掘り起こしのためのカルテ調査も遅々として進んでいません。

田辺三菱製薬にしてみれば、基本合意書に書いてあることだし、仕方がないので、協議の回数をただ重ねているだけのように思えてなりません。

そんな思惑がみえみえです。

協議はあと1回残されていますが、このような消極的な状況を踏まえて、先月末、厚生労働省記者クラブで記者会見を行いました。

記者クラブでの会見、私は1年ぶりくらいですが、記者の数はちらほら。世間は衆議院総選挙一色で仕方ないのかもしれませんが。それでも取材してくれたマスコミには感謝です。

記者会見から数日後、広島で「薬害根絶フォーラム」が開催されました。年に1度、薬害被害者が集い、薬害根絶をアピールしています。

今年もそれぞれの薬害団体から、被害者が自分の被害を語りました。

どれだけ時間が経とうとも決して癒えることのない傷の数々をまた知ることになりました。

薬害は起こってはならない・ならなかった、のです。訴訟によって補償を受けたとしても、その人生はリセットできないのですから。

田辺三菱は、再発防止のため、せめて私達が求める社内検証と社員教育ぐらいは迅速に行って誠実さを示すべきではないかと思います。

2012年11月15日 (木)

福岡へ

13日は福岡へ

九州原告Cimg0919団の世話人会議で。久しぶりの会議でした。

治療情報をはじめいろいろなお話を聴ける貴重な場で、私の情報源のひとつです。

会議では”第3者機関設立”に向けての行動等について日程の確認などを行いました。

この1年間ほど、代表の山口美智子さんが精力的に国会をまわり、今月20日に超党派の議員連盟の立ち上げにやっといたりました。議連設立総会を原告団も傍聴に駆けつける予定でした。そして、今週から来週にかけても野党とのヒアリングが予定されていました。

しかし、、、。16日衆議院解散が昨日決定しました。

何度目でしょうか?ここという時には必ず政局に翻弄されます。

来月の選挙後の政治体制がどのようになるのか、想像もつきません。

しかし、あきらめることなくまた仕切り直しです。

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