« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

2009年7月27日 (月)

50週目

完走することができました。心配してくださりありがとうございました。

今日で50本の投与が終わり、目標だった完走を果たすことができました。といってもあと1週間はレベトールの服用は続き、今週も同じように副作用に悩まされます。治療の結果は半年後に判断されるので、それまで毎月検査に来るよう主治医に言われています。来月は肝エコー検査も眼科受診もあります。というわけでまだ全く実感が湧かない、というのが正直な感想です。ただ来週から月曜日に病院に行かなくてもいい、注射をしなくてもいいことがうれしいくらいです。

ひとりではこの治療は乗り越えることができませんでした。今日は主治医に感謝の気持ちを伝えたかったのですが、テレビ取材でカメラが回っていたのでなんとなくきちんと伝えられず少し心残り。私にとっては高いハードルだったこの治療を決心できたのも、完走できたのも強気な主治医のおかげだと思っています。そんな専門医と出会えたことは幸運でした。

取材中にたくさんのことが心に浮かんできて思わず涙が溢れました。感染した22年前は治療法はないと宣告され、一生肝炎と付き合っていく覚悟を決めていました。治療を受けることが出来ただけでも何よりでした。ただ22年間はあまりにも長すぎましたが。

治療のことについてはこれからもぼちぼち更新していきます。明日は東京で大臣協議があるので早起き必須。これからデパスを飲んで何が何でも眠らなければならないので、、、。

        でこぽん

2009年7月22日 (水)

49週目

だめおし投与1回目

昨日の午前中は眼科を受診しました。網膜の異常もなく、すべての治療が終わって、来月もう1回検査することになりました。夕方はかかりつけ医で無事49本目を投与。来週は熊大で検査なので、昨日が最後。先生や看護師さんに1年間のお礼を言って帰りました。「1年間がんばりましたね。ヘモグロビンや白血球が安定していて完走できてよかった。」と言ってくださいました。半年後、著効を報告できればいいのですが、、、。

先週のやけどは24時間冷やしたのがよかったのか、水ぶくれにもならずきれいに治りそうで一安心。念のために、塗り薬を処方してもらいました。

先週の移動と3連休の1日を使って少し遠出したのがたたったのか、疲れがなかなかとれません。おまけに3男が2泊3日の弾丸帰省、嵐のような3連休でした。来月は旅行や同窓会などのお誘いがありますが、出掛ける気力も体力も湧いてこないので断わろうかと思っています。治療が終わって体と心が元気になるのはいつでしょうか?

今日(22日)夕方のニュース番組でC型肝炎の特集があります。熊本限定ですが、KKTで4時50分ころから。おもに治療の話です。私もインターフェロン治療について取材をうけたのでちょろっと映る予定です。熊本にお住まいの方はご覧ください。

子供部屋を探したら観測グラスを発見したので、午前中は日食を観ていました。熊本では太陽の93パーセントが欠けました。夕方のように薄暗く、気温も急に下がりました。木漏れ日は三日月の形。不思議な2時間でした。

             でこぽん

2009年7月16日 (木)

48週目

泣きっ面にハチ

13日についに48本目の投与が終わりました。いちおう目標は達成したというこになるのでしょうが、あと2本だめ押し投与が残っています。

5時過ぎに注射を打ってもらい、家に帰り夕食を作っていたらとんでもないことをやってしまいました。熱湯が右手に。パスタのゆで汁を捨てるつもりが、自分の指と手の甲に捨ててしまいました。一瞬のタイミングのズレ。ばかでした~~~。その夜は痛み止めを飲んで一晩中氷で冷やしほとんど眠っていません。激痛でした。結局24時間痛みがあったのでその間ずっと冷蔵庫から離れられない状態。やっと痛みはおさまりましたがこの先どうなるのか。まだ赤く腫れています。

ありえない失敗に落ち込みました。インターフェロンのせいにするのはちょっと気が引けますが、治療を始めてから頭がまわらない、集中しない、イライラする、ということはしょっちゅう。車の運転もあまりしたくありません。あと2本なので何も起こりませんように。

昨日も一日中微熱がありました。37,3と微妙なかんじですが、頭痛もひどくて最近は解熱剤が離せません。我慢しないで早く楽になるようにいろいろ飲んでいます。

今日は午後から東京です。移動が今の私には一番つらくて、回復するのに相当時間がかかります。月末まで3回の東京行きを乗り越えたらいよいよ治療終了を迎えることになります。

         でこぽん

2009年7月15日 (水)

解散

肝炎法案も事実上廃案となります。

与党案は約2年前、野党案は約5ヶ月前に衆議院に提出さていました。この間、どのような協議がなされたのか、なされなかったのか、わからないまま廃案となってしまいました。

すべての患者が安心して治療を受けることができるように、この1年半、国と協議をしてきました。しかし、国の態度は冷酷で、「肝炎だけ特別扱いできない。他の疾患とのバランスがある。」 インターフェロン治療費助成も全く不十分です。そして重症の患者に対しては何の支援もありません。医療行為によって肝炎に感染したのは国の責任であることを明記した法律がなければ国は本気で肝炎問題に取り組むつもりはないのです。

今国会中の法案成立を目指して昨年末から患者会、B型肝炎原告団、薬害肝炎原告団の3つの団体で活動してきました。この間、法案の早期成立を求める30万筆の署名を国会に提出しました。また、地方議会でも成立を求める意見書が次々と採択されています。しかしその声は残念ながら国会には届きませんでした。

年間4万人の患者がこうしている間にも無念のうちに亡くなっています。いまだ自身の感染を知らない人も大勢います。国が本気で取り組まない限り、大切な命を救い、患者の人生をもっとより良いものにすることはできません。

21日に解散、選挙は来月30日と決まりました。政局に肝炎法案も翻弄されてきましたが、大切な命、大切な人生のためにこれからもあきらめずに努力していこうと考えています。政局に左右されずにやるべきことをやるだけです。

17日午前は「肝機能障害の評価に関する検討会(6回)」が開かれます。傍聴する予定です。これは肝硬変患者への身体障害者手帳交付についての専門家による検討会です。午後は7月28日に予定されている大臣協議(3回目)にむけて、恒久対策についての作業部会が開かれます。

17日は10時開始、熊本からは10時の会議に間に合う便はないので明日から東京に行くことにしました。今も熱があって体調がいまいち、何事もありませんように。

                     でこぽん

2009年7月 9日 (木)

46,47週目

50本まで残り3本となりました。

インターフェロンとレベトールが身体の中で飽和状態。中盤まではなんとか余裕もありましたが、40本あたりから切羽詰ってきました。

不眠はデパスを飲むようになって解消されましたが、そのかわり一日中頭の重さは取れません。主治医から0,5錠に減らすように言われたので半錠飲んでいますがそれでも効きすぎているのかもしれません。 夕食後にレベトールを2錠飲んだ後は必ず痒みが襲ってきて、顔、頭、足、肩、おなかがむずむず。掻きむしってしまった場所がなかなか治らず無残。特に足がひどくて、今年の夏はスカートははけません。微熱はずっと続いていて、いつも37,5度くらい。熱があると食べられないのでまた体重が減ってきました。

一番嫌なのが神経過敏。眠れるようになったので少しは改善しましたが、、、。相変わらず何も手につかない状態です。体調がひどい日は一日中寝ていて、これが人間生活か?と情けなくなったり。

今ある最善の治療を受け入れました。そのことに迷いはありませんが、それにしてもこんなにひどいといろいろ考えてしまいます。終わったら元に戻るのかな?それも不安。あと3本なのでここまできたらジタバタしてもね。じっと終了を待つだけ。

      でこぽん

2009年7月 8日 (水)

法案の行方など

早期成立のために

少し前の話になりますが、30日は民主党の鳩山代表との面談がありました。与野党協議が停滞しているなか、今国会中の成立を強くお願いしました。鳩山代表からは「政権交代したら」という言葉も発せられましたが、「最後まで成立に向けて努力する」と言っていただきました。

30日は、今年度の国との定期協議の要請書を厚生労働省に提出しています。被害実態調査、恒久対策、検証再発防止についての要求書です。定期協議は薬害肝炎問題解決への大きな足がかりとなっていますが、薬害だけではなく、恒久対策に関する要求はすべての患者さんを視野に入れています。今年度はIFN助成回数の見直しなど多くを要求しています。

7月1日は田辺三菱との初めての定期協議がありました。報告を聞けば、田辺三菱は被告企業としての自覚がもはや全く無いような印象でした。埋もれている被害者の調査費用負担など、本来ならば当然行うべきだと思います。

国会は政局一色ですが、私達は法案成立へ向けて、大臣協議に向けて努力中です。

           でこぽん

2009年7月 1日 (水)

7月1日

今日は息子達の誕生日

双子の息子達は22歳になりました。神奈川と和歌山にいるのですが、年に1,2回しか帰ってきません。長男も含めて3人の息子達がそろって帰省することはこの3年間一度もなく少しさびしい気持ち。以前は毎日が大騒動でした。3人のうち一人でも熊本に戻ってきて欲しいのですが、、、元気がなによりです。

私の肝炎も今日で22年目になりました。この日が来ると出産の日のことを鮮明に思い出します。本来ならば喜ばしい記念の日に、子供達の誕生日だけを考えて過ごすことができないことは悲しいことです。22年間病気に振り回されてきました。来年のこの日には、肝炎と決別して誕生日のことだけを考えて過ごしたい、そのためにも治療を最後までやり遂げたいと思っています。

               でこぽん

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2015年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30