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2008年12月

2008年12月31日 (水)

今年の終わりに

この1年間、ほっとLetter を読んでいただきありがとうございました。

大晦日の今日は朝からずっと料理をしていました。さっき重箱にぜ~んぶ詰め終わったばかり。キッチンにずっといるのもさすがに疲れました。月曜に20本目を打ったばかりで昨日から微熱続きです。

今年を振り返ってみると、やはり訴訟のことが一番に浮かんできます。昨年と同様、激しい1年間でしたから。1月15日に国と、9月28日に田辺三菱と、12月14日に日本製薬と基本合意が締結され、訴訟は終結へと向かいました。しかし、基本合意に沿って行われている国との協議は進展せず、1年たった今まだ何も具体化されてはいません。そして、裁判上和解がほとんど進んでいないフィブリン糊などのケースもあり、原告の救済も困難をきわめています。肝炎問題にはさまざまな問題が残されており、全面解決にはこれまで以上の困難が伴うということを自覚した1年でした。

個人的には、過去にとらわれず前を向いて生きていくために裁判の原告となりこの5年間を費やしてきました。自分で決めたことに後悔はしていませんが、流れた時間の長さや犠牲にしてきたものを考えると複雑な心境になる時があります。これからも続く非日常と日常、バランスをこれからは考えていかなければと思っています。

とはいえ、8月に始めた治療は被害を回復するための第一歩となりました。裁判を闘ったことでやっと踏み出すことができました。始めた以上は絶対に治して22年ぶりに健康を取り戻したい、来年はそれが必ず実現すると信じています。気持ちだけは強く持っていたい、そう思っています。

これまで私のつたない文章にお付き合いくださりありがとうございました。いつまで続けられるかわかりませんが、いちおうKIYOさんとの目標は全面解決までとなっています。また来年も時間を見つけて更新するつもりです。

        でこぽん

2008年12月27日 (土)

やっぱり

カルテはちゃんと残っていました。

過去2度の調査で、「カルテはない」としていた国立病院機構に厚生労働省が直接職員を派遣して指導した結果、46機構のうち43機構にカルテが残っていました。その中で、3人の患者にフィブリノゲン投与の記載が確認されたそうです。

これは、9月の大臣協議の際、「カルテがないといっている病院でも実は残っているケースがあるので、国が率先して被害実態調査をやってください。」との原告弁護団の要請に、「今日からでも電話をかけてもう一度調査をする。国立病院機構については直接職員を派遣して指導する」という舛添大臣の意向をうけて調査が行われていました。

46のうち43なんて。ほとんど残っているじゃないですか。患者の問い合わせには門前払いをしておきながら、国の直接指導にやっと重い腰を上げたとすれば、あまりにも患者を軽視した態度です。医療機関として恥ずかしくはないのでしょうか。

7000の納入医療機関にはまだまだカルテは残っていたり、隠されているはずです。

ウソをつかれたり真実を隠されたり。これまでこんなことが何度あったことか。少々のことではもう動じなくなりましたが。

      でこぽん

2008年12月26日 (金)

いつになったら指定するの

昨日は拠点病院のことで新聞社の取材を受けました。

12月3日に熊本県の担当者と肝炎対策について意見交換を行った時、マスコミ7社が取材にきていました。その後数人の記者の方から拠点病院の件について、「なぜ拠点病院をいまだ指定しないのか、担当者の説明を聞いていても全くわからないのですが」という問い合わせがあらためてありました。

やはり県の対応にはマスコミもおかしいと思ったそうです。医療機関も早期の指定を何度も県には要請しており、県が指定しさえすれば、すぐにでも動ける体制はできていると聞いています。

「まだ全国で17県が指定していないので、熊本県が遅いわけではない。」「感染症は肝炎だけではありません」こんな認識では熊本県がビリになるのは確実です。真意はわかりませんが、この言葉を聞くかぎりでは県の「怠慢」ととられても仕方ないのではないでしょうか。

現在私はインターフェロン治療中ですが、この治療は経験豊富な専門医の下でなければ絶対できないと思っています。おそらく治癒率も違ってくるでしょう。一人でも多くの患者が最新で最良の治療を受けることができるために県には最善をつくしてほしいのですが。

いつになったら動いてくれるのでしょうか。マスコミから県に問い合わせがあれば少しは患者の声を理解してくれるでしょうか。これまでもそうでしたが、行政に動いてもらうためには世論の力は大切です。そのためにはこつこつとやるしかありません。

      でこぽん

2008年12月24日 (水)

19週目

治療は順調に進んでいます。

このところ気持ちが底をはっていましたが、先週は以外と元気でした。いやでも毎日出掛けなければならず、がんばって外に出ているうちに元気を取り戻しました。上がったり下がったり、感情のコントロールって本当にやっかいです。これは副作用だといいきかせつつ、深刻にならないようにしています。自分ではまだ冷静なつもりですが、、、どうなんでしょう?

熱や痛みや吐き気にはずいぶん慣れてきましたが、髪の毛は毎日2百本くらいはなくなっているかもしれません(泣)。こればっかりはお薬で止めようもなく、先日、来るべき時のためについにウイッグを買っちゃいました。さっそく忘年会で何度か使用。自分から白状するまで誰も気が付きませんでした。毎日抜ける髪を見るたびに気持ちの落ち込みが激しかったので、これで少しは元気を取り戻せたのかもしれません。

毎朝飲んでいた鉄剤が先週からなくなりました。たった1錠のことなのに朝の気分が違います。薬を飲むってかなりのストレスなのです。神奈川に住む次男が昨夜突然帰ってきて、家の中がにぎやかに(うるさく)なりました。先日少し遠出をして3ヶ月ぶりに大切な友人に会いに行ってきました。今朝、ブログをのぞいたらデザインがクリスマスバージョンになっていました。これはKIYOさんが季節ごとにデザインを変えてくれています。KIYOさん、いつもありがとうございます。

治療はつらいですが、毎日のこんなささやかな出来事に励まされてがんばっています。

         でこぽん

            

2008年12月18日 (木)

ドキュメンタリー

番組のお知らせです。

12月21日(日)、25時25分~55分、日テレ系列

NNNドキュメント、「救済は遠く 薬害肝炎終わらない闘い」

(21日というか、日付けが変わって22日、1時25分から。また、クラブワールドカップの決勝戦が延長の場合、番組の放送時間が変更になるかもしれません。)

「福田前総理の政治決断からちょうど1年が経ちましたが、薬害肝炎は決して終わっていないことをあらためて伝えたい」  地元の熊本県民テレビの制作です。ディレクターの城戸さんとカメラマンの渡辺さんはこの5年間ずっと肝炎問題を取材してくれました。

眠れない私にとってはいつも起きている時間帯です。深夜ですが、ぜひご覧ください。

        でこぽん

2008年12月17日 (水)

18週目

今週は熊大でした。

検査結果は相変わらず低値で安定。ヘモグロビンと鉄だけは上昇、でもこれ以上はいらない、ということで鉄剤はしばらくやめることになりました。一錠でも薬が減ってよかった。

いつものように副作用や体調を詳しく聞かれました。「最近とてもきつくて、家から出たくありません。」と言ったとたん、ドクターの目が光りました。「もう来ましたか?眠れます?食べれます?」「眠れないけれど、食欲は少し出てきました。」と私。「眠れないのと食べれないのがダブルで来るとかなり心配ですが、食べれるようであればまだ大丈夫です。甲状腺ホルモンも今のところ正常なので、安心していいですよ。」と言われました。

主治医の対応から、「うつ」はやはり最大の副作用なんだ、と再認識。先週は気持ちが下降気味でしたが、年末だし、さすがに家にじっとしているわけにもいかず、今週はあちこち出かけています。外に出るまでかなり時間を用しますが、出掛けてみると案外元気な自分に気がついてほっとしているところです。

それでも今日はずっと微熱。背中と肩が痛くてたおれそうでした。明日は一体なにがやってくるのやら?

全く治療に後ろ向きな友人を主治医に紹介しました。ひっぱって連れていきました。「ご自分の病状認識が全くできておられない」と説教されたそうです。私もずっとそうでしたが、慢性肝炎で肝機能が正常値にある時は、自分は大丈夫だと思いこみたいのです。副作用のこと、医療費のこと、費やす時間のこと、治癒率のことを考えるとなかなか決心がつきません。「迷っているほどなら挑戦してください。強い気持ちをもてば乗り越えられます。」という言葉に決心しました。

治療を始めた今いろいろありますが、つらいときは、治療ができることは幸せなことだと考えるようにしています。友人が治療を決心するにはまだまだ時間がかかるでしょうが、ぜひ挑戦して欲しいと思います。副作用も個人差がありますから。

         でこぽん

2008年12月15日 (月)

日本製薬と基本合意締結

12月14日、2時より調印式、その後謝罪集会がありました。

日本製薬の三浦社長は原告弁護団80人ほどの前で謝罪の言葉を述べました。田辺三菱の葉山社長より印象は良かったものの、心の中はどうなのでしょうか、言葉だけでは到底信じることはできません。

実際、田辺三菱は責任を認め謝罪したにもかかわらず、その後国と原告との和解に口を挟み、結果として和解を遅らせています。日本製薬はそのようなことのないよう、基本合意の内容を真摯に受け止め、その内容を一日も早く具体化するよう最大限の努力を払って欲しいと思います。

ニチヤク原告は40名足らずですが、いまだPPSBニチヤクの納入医療機関名も公表されておらず、被害の実態は明らかになっていません。基本合意締結で終わりではなく、被害者の掘り起こしをはじめ、恒久対策や再発防止へ向けて加害企業としての責任を果たすスタート地点だととらえるべきです。

謝罪集会ではニチヤク原告5人が意見陳述しました。これまで被害は何度も何度も聞いてきましたが、やはり胸が詰まりました。それぞれが何十年にも及ぶ闘病生活のなかで抱えてきた苦しみや怒りを述べ、そしてこれからも続く死への恐怖を訴えました。孤独と絶望のなか、精一杯生きてきた5人の陳述は会場にいたすべての参加者の心に届きました。

私達原告は訴訟の上では一つの区切りがつきました。しかし、同じ苦しみを今も味わっている多くの患者さんの存在を決して忘れてはいません。私達は訴訟の終結が終わりだとは思ってはおらず、ひとつの通過点ととらえています。むしろこれからが今まで以上に大変で長い道のりだと思っています。

私にとって昨日は、「全ての患者さんのために」という大きな目標を再び確認した一日となりました。

      でこぽん

2008年12月12日 (金)

支えられて

昨夜は熊本の支援のみなさんと食事をしました

支援の会代表を引き受けていただいた原田正純先生ご夫妻、呼びかけ人になっていただいた山本務先生、そして事務局のメンバー、少人数の食事会でしたが、ゆっくりお話することができました。

いつも一緒に活動してくれました。あたたかく見守ってくれました。心から感謝の気持ちで一杯です。

5年間、決して平坦な道のりではありませんでした。誹謗中傷されたり、攻撃もされましたが、昨夜の原田先生や山本先生の言葉に報われました。

これからも支えていただいた方々のお気持ちに精一杯応えていけたら、と思います。

         でこぽん

2008年12月 9日 (火)

17週目

副作用にがんじがらめ

血液検査の結果は、白血球が上昇、風邪もひいていないのに3000もありました。ヘモグロビンは12,.2。もともと鉄欠乏性貧血がひどくて治療開始前から鉄剤を服用していますが、そろそろいらないかも。レベトールによる貧血症状は出ていないようで、よかった。他の数値も落ち着いていて、血液に関しては今のところ問題ないようです。

治療も5ヶ月目に入ったところですが、ここにきてこの治療の怖さをじわじわと感じています。まだそんなに深刻ではありませんが、「これってやばいのでは」と日々感じています。副作用がひどいとき、たとえば高熱がでたり、おなかが痛かったり、体がだるかったり、そんなときは症状がおさまるのをじっと待つしかないのですが、涙がこぼれてきます。感情が不安定で上向きません。一日中でも家に閉じこもっていたい気分で、外に出掛けるには気合が必要です。(思い切って外に出てみれば意外と元気なので安心するのですが。)夜眠れなかったり、出不精になったり。これまでになかったことです。「これは薬のせい」と、せっせと自分に言い聞かせています。体のつらさは我慢ができますが、「うつ症状」が一番心配です。

幸い、私の周りには治療を乗り越えた先輩や同じ境遇の仲間がいて、この先どんな副作用がやってくるのかだいたいイメージすることができます。失敗談を話してくれたり、副作用への対処法を教えてくれたり。一人ではない、ということが気持ちの支えになっています。主治医も信頼できる人なので安心して頼っています。

あまり深刻にならず、あまりあせらずにやっていくしかありません。

これでいいのです。今が最良と。

最後はなぜか強引に前向きにまとめてしまいましたが、、、。まだまだ冷静かも。

       でこぽん

2008年12月 5日 (金)

県のやる気

残念ながらあまり感じられませんでした。予想はしていましたが。

弁護士と原告、あわせて5人が参加。初めて意見交換の場を設けていただいたことは感謝しています。これからだとは思いますが、行政に動いてもらうのって相当エネルギーが必要です。昨年、厚労省に毎日イライラしていたことを思いだしました。

事前の質問事項は、1.肝炎ウイルス検査体制について 2.肝疾患診療連携拠点病院について、 3.肝炎対策協議会について  4.インターフェロン治療助成制度について。以上について担当者から回答があり、その後こちらから疑問点を質問ました。明確な答えはほとんどありませんでした。

拠点病院について、全国3分の2の都道府県がすでに指定済みであるのに、「指定していない17県に入っているからといって熊本県の対応が遅いかどうかわからない」という答え。すぐに指定できない明確な理由もはっきりせず、いつまでに指定するという約束もありませんでした。

また、インターフェロン治療費助成の申請者数が5月をピークに増えないことについてその理由を聞いても、「これまでの申請者数が多いか少ないのかわからない」という答え。

「感染症は肝炎だけではありませんから。」という言葉が数回発せられました。「国から言われていることは最低限やっています。」という態度があちこちに感じられ、私達患者の思いと行政の認識は大きくかけ離れていました。昨年から今年にかけて、特に救済法成立前後には、患者からの電話が県に殺到しており、少なくとも肝炎で苦しむ患者の多さくらいは知っているはずです。

広報も含め、今の体制では充分ではありません。情報不足や治療費の問題で最新の治療から取り残されている患者がたくさんいます。いまだに自分の感染を知らない人もたくさんいます。県内どこの医療機関でも同じレベルの治療が受けられるよう、一刻も早い治療体制の強化が求められています。ぐずぐずしている時間はなく、ぜひ患者の立場に立って考えて欲しいものです。

        でこぽん

      

        

2008年12月 3日 (水)

16週目

月曜に打ちましたが、副作用はいつも同じではなく、良かったり悪かったり。晴れたり曇ったり?

真夏に治療を始めてもう4ヶ月。薬に慣れてきたのでしょうか。吐き気はおさまり、少し食べれるようになりました。一番困ったのが不眠でしたが、寝付けない夜も減ってきて気分的にはとても楽になりました。

反面、微熱は相変わらず続いており、時々高熱が襲ってきたり。そのときはさすがにぐったりしますが。最近はめっきり疲れやすくなり、だるくてしかたありません。何もなければ横になってゴロゴロしているのが楽です。昨日は眠くて眠くて、一日中眠っていました。まるでなまけもの。腕の皮下注射の跡は赤く腫れていてかゆみがあります。

今週はこれくらいで済んでいるので楽な方かな?

先週は福岡の、今日は熊本の仲間が治療を始めました。お互い治療の先行きはわかりませんが、強い気持ちで乗り越えるしかありません。一緒にがんばろうね。

       でこぽん

2008年12月 2日 (火)

県への要請

12月3日、13時より熊本県に要請に行きます。

国との協議が続いていますが、国は「地方分権」という言葉を何度も使って、肝炎対策を自治体に丸投げしようとしている感があり、これからは県レベルの活動も大切になってきます。

州原告弁護団は11月以降、それぞれの県を訪問しています。各県の肝炎問題への取り組みについて意見交換を行い、広報活動を含め治療体制を強化してもらうためです。

4月からインターフェロン治療助成が開始されたにもかかわらず、熊本県の9月までの申請者は当初予想の3割にとどまっています。また、国が推進している拠点病院が熊本県ではいまだ指定されていません。ウイルス無料検査の実態もよくわかりません。肝臓病治療に関する情報は普通に暮らしているとほとんど耳に入ってきません。

県に、私達患者が直面しているさまざまな問題を直接話し、患者の苦しみを理解してもらうことからはじめなければ、と思っています。そうしなければ行政にとって肝炎問題はいつまでも「他人事」で終わってしまいます。

私達の病気はこうしている間にも確実に進行しており、治療はまさに時間との闘いなのです。今すぐとり組んでもらわないと意味がありません。今ならたくさんの命を助けることができる、ということをぜひ伝えたいと思います。

最新のより良い医療を安心して受けたい、私達患者の願いです。

    でこぽん

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