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2008年2月

2008年2月28日 (木)

資料放置

ほんとうにあたまにきています

昨日の朝刊を見てまた怒りが。3859人もの製剤投与資料の存在を知っていながらまたもや放置していたなんて。昨夜のニュースジャパンを見ていたら、民主党対策会議で、厚労省の中澤課長が418リストの時とまったく同じ答弁をいていました。「調査が目的で、患者に告知するという認識はなかった。」投与患者を対象に半年間も追跡調査までしているくせに。ふざけるな~~。

なぜ昨年418が問題になっていた時にこのリストを隠していたのか。故意に隠していたとしか考えられません。国の謝罪を1月15日に受けましたが、厚生労働省は謝罪はしても真摯に反省はしていません。418もいまだ究明されていないのに、こんなに大量の資料を隠していたのですから。

投与の事実を告知することが患者にとってどれほど大切なことか。命を救うことなのに。。隠蔽することは救える命を見殺しにしていることなのに。彼らは分かっているのと思います。分かっていながら国民の命より自分たちのメンツを優先しているのです。1月15日、私たちに謝罪してまわった高橋局長と黒川審議官の謝罪の言葉はなんだったのでしょうか。言葉だけがむなしくまだ私の頭の中に残っています。

                  でこぽん

2008年2月27日 (水)

大分報告集会

24日は大分に行ってきました。

昨年12月15日の勉強会に呼ばれていました。しかし和解協議が局面を迎えていたのと、大分まで行く体力も残っていなかったため、キャンセルしてしまっており、今回はどうしても参加したかったのです。

和解成立の報告会と、その後訴訟相談会がありました。会場はほぼ満席、160人の参加がありました。大阪弁護団の山西弁護士の講演がメインでした。山西弁護士とは東京でずっと一緒にがんばってきたので、和解までの苦しい闘いを思い出し、また泣いてしまいました。小林君、最後に私も現在の心境などについて話をしました。

相談会には大分の10人の弁護士と福岡の波多江弁が対応。どこの会場もそうですが、患者さんはかなり混乱されています。少しずつ丁寧に説明していくほかありません。時間はかかりますが。

しかし、なぜ患者の掘り起こし、相談を原告弁護団がしなければならないのか。本来なら被告である国と製薬企業が率先してやるべきなのに。またあたまにきています。

久しぶりに大分まで一人でドライブしました。幸い波野までは道路の凍結もなく、阿蘇は雪景色がきれいでした。阿蘇は冬が一番好きです。

                        でこぽん

2008年2月17日 (日)

15日集会

250人の参加がありました。

準備期間も短く、参加者の数も予想がつかず心配しましたが、300人の会場に変更していて正解でした。

おそらく患者さんが大半を占めていたようです。訴訟の報告が趣旨だったので、個別相談や質問の時間は確保できませんでした。それでもアンケート用紙は軽く100枚は回収できました。

山口さんは体調が思わしくないなか、熊本まで駆けつけていただきました。また、弁護団からも4人おいでいただき、今回の肝炎被害者救済法についてわかりやすく説明していただきました。

熊本では支援の会が発足して3年目をむかえました。この間ほんとうに多くの方に支援をいただきました。この会の名称は「熊本の薬害被害者を支える会」となっています。訴訟支援を手がかりに薬害被害者全体を支えていこう、という当初の目的どおり、訴訟が終結してもこの会の活動は終わりません。むしろこれからの活動をどう進めていくのか、熊本の患者さんと一緒に考えていけたら、と考えています。

支援の会代表の原田正純先生は、「原告弁護団は道のない所に道を作ってきた。これからは、多くの人がその道を歩いてより大きな道をつくらなければならない。」と締めくくっていただきました。

               でこぽん

2008年2月14日 (木)

検査

延び延びになっていました

昨年の8月から病院に行っていませんでした。10月に予約をしていたのですが、ずっと平日は東京にいたので2度もキャンセルしていました。半年振りの検査なので、結果がとても心配でした。

今日は血液検査とエコー、胃カメラ。ウイルス検査は結果待ちですが、その他は今のところ大丈夫でした。さすがに半年も間があいたのでドキドキでした。先生からは待ってましたとばかりに治療の話が。これまでは、裁判が終わらないと、治療費が高くて、と逃げ回っていましたが、どちらもクリアしそうなので、真剣に考えないといけませんね。

病院で患者さんに話しかけられました。今日が最後のインターフェロン注射だといわれていました。裁判で肝炎の問題が世の中に知れ渡ったおかげで、周囲の理解が進み、注射で仕事を休むときも上司の理解が得られた、と感謝されました。こんな声を聞くと、少しでもお役にたてたのかな?と単純にうれしくなりました。

           でこぽん

2008年2月10日 (日)

うれしかったこと

たいしたことではありませんが

東京に通っていたころは毎日怒ってばかりで、心が殺伐としていました。法案成立、和解成立でやっと日常に戻りつつあります。

最近、うれしいことがありました。これまであまりにも殺伐としていたのでこんなことで大喜びしています。

和解の翌日、家に帰ったら花束が届いていました。バラの花が30本。贈り主はこの20年一度も会ったことがなかった大学時代の先輩でした。お礼の電話をすると、「何も応援できなかったから」と。また、和解の日、学生の会代表の古庄君から意見陳述の前にバラの花を一輪いただきました。その日は一泊したので花瓶に挿すこともできず、しおれてしまいました。だめもとで、家に帰って30本のバラと一緒に水切りして花瓶に入れておいたら、元気になってしゃんと咲いてくれました。一週間たちましたが、まだ咲きほこっています。

先週、朝日新聞の取材を受けました。自宅での取材はなるべく断りたいのですが、押しに弱い私は結局自宅になってしまいます。2時間ほど話をして、写真をバチバチ撮られました。掲載日は教えてくれるので、いつもは買いに走るのですが、なんとその記者は昨日家まで届けに来てくれました。初めて取材を受けた若い男性記者でしたが、心使いに感動してしまいました。

今日の街頭活動。1000枚のビラが30分でなくなってしまいました。私も配ったのですが、ほとんどの人がさっと手を出して笑顔で受け取ってくれました。笑顔で。これまでにない反応でした。肝炎問題が熊本でも浸透してきているのでしょうか。

             でこぽん

2008年2月 9日 (土)

報告集会

集会と街頭活動

直前のお知らせですが2点。

1.街頭活動、  2月10日(日)午後1時より、下通りダイエー前集合。集会のビラ1000枚配り終えたら終了です。

2.報告集会、  2月15日(金)午後7時より、くまもと県民交流館パレアホール

熊本の薬害被害者を支える会では、国との和解が成立したことを受けて、これまでの活動の報告集会を開くことになりました。支援の会が発足してもうすぐ3年になります。これまで支えてくださった方々へのお礼を申し上げるとともに、今後の課題などについて報告します。

出席者は、

熊本の薬害被害者を支える会代表、原田正純、熊本学園大教授 

薬害肝炎全国原告団代表、山口美智子

薬害肝炎九州訴訟弁護団 

と私です。一応参加者が殺到するのではないかということで、300人収容可の会場を押さえています。現在、支援の会事務局の電話がパンク状態で、熊本の患者さんもかなり混乱されているようです。一緒にこれからの肝炎問題の解決について考えていきたいと思っています。

明日も寒そうですが寒さに負けずビラを配ってきます。街宣は12月18日の和解決裂前夜以来、久しぶりです。 

        でこぽん              

2008年2月 8日 (金)

感謝

国との和解が成立

4日の高裁期日には200人を超えるたくさんの方に来ていただきありがとうございました。5年間支えていただいたおかげでこの日を迎えることができました。

一人では何もできませんでした。ただ自分の不幸を嘆いているだけでした。4年前この訴訟に参加してやっと頭を上げ、前を向くことができました。「自分の被害を乗り越えたい」とひたすら走ってきましが、そこにはいつもだれかがいてくれました。家族、支援者、マスコミ、弁護団。いっしょに走ってきた実名原告の山口さん、えりちゃん、小林君。この訴訟で出会えたすべての人に感謝しています。

しかし、4年前の私と同じように、一人で苦しんでいるたくさんの患者さんのことを考えると、長い間この問題を放置していた国と田辺三菱への怒りがまたこみ上げてきます。これで終わりにしてはいけないと思います。

全面解決にはまだどれくらいの時間がかかるかわかりませんが、その日まで歩みをとめることなくやっていきたいと思います。

          でこぽん

3連休を利用して草津へ

明日からの3連休を利用して草津に行くことにしました。

草津は群馬県の北西の端にあります。大分市を6時半に出て飛行機とJRを乗り継いで午後3時に到着します。9時間半もかかって行く先はハンセン病療養所・栗生楽泉園です。もう4,5回は訪問していますが、冬の一番寒い時期に行っておきたいという思いが強かったので急に実行することにしました。

インターネットで見ても最高気温がマイナスのようです。それでも行きたい、行かなきゃと思うのは、『重監房』と呼ばれた跡に立ち、自分の肌で自分の感覚で何かを感じてみたいと思ったからです。

伝えることに自分の感じたこと思ったことなどを添えたいと思っているからです。

『重監房』って何?と思われる方は下記を参照してください。

私たちが7年ぐらい前にレポートした資料です。

http://www.geocities.jp/furusatohp/hansen/wel1.html

http://www.geocities.jp/furusatohp/news/news7/index.htm

問題は、寒さと雪道になれていない私たちが転んだり滑ったりして怪我をしないか?です。

靴にヒモやゴムを巻いたりしたらいいと書いているHpがありましたが、いまどきカンジキ状態で歩いている人はいるのでしょうかね?

でこぽんさんも皆さんも体調に気をつけてそれぞれの連休をお過ごし下さい。(KIYO)

2008年2月 5日 (火)

国と初の和解

今日の新聞を見ると各新聞ともに原告の方々の表情がとてもにこやかで見るほうも本当に嬉しくなってきます。

長い5年に及ぶ闘いの中で最後まで信念を貫き通し、歴史的な和解を勝ち取ったことを本当に嬉しく思います。そして原告の方々の頑張りに心から敬意を表します。本当におめでとうございました。そして、ありがとうございました。

残された課題も多いのですが、これをスタートに一刻も早い解決を願い、一緒に歩み続けたいと思います。

私も某新聞に掲載されておりますが、何の活動もしていないのにめるまが発行人として紹介されてしまって、全国で支援を粘り強くされている方々に対して本当に申し訳なく思っています。

その分も合わせてこれからもめるまがも発行していきます。(KIYO)

▼念のために紹介します

携帯でも読める『めるまが』
登録方法は rsc37633@nifty.com へメールして下さい。件名・本文は不要です

2008年2月 3日 (日)

福岡高裁

明日、和解成立

まだ実感がありません。きっと多くの支援者や弁護団と一緒に和解成立に立ち会えば実感がわいてくるのでしょうね。意見陳述もすることになっているので、今はそっちのほうが気がかりです。

5年に及ぶ裁判も明日で終結します。課題は多く残っていますが、節目を迎えてほっとしています。たくさんのことが浮かんできますが、その多くはつらいことや悔しかったこと、悲しかったこと。特に昨年秋からの怒涛の毎日は決して忘れることはないでしょう。明日の和解成立後はそんな感情にも少しは距離を置くことができればと思っています。

         でこぽん

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