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2007年2月

2007年2月28日 (水)

買い物中に、

昨日、買い物中に声をかけられました。

近くのモールの特売日だったので、いろいろ物色していたら、突然、「肝炎の人ですよね?」と話しかけられました。肝炎の人?まあ間違ってはいませんが、あまりにストレート。

「私、昔看護師をしていた時にバンバン打ってたんですよ。そのころは何も知らなかったとはいえ、とても申し訳なくて、、、、。」その女性は熊本市内の総合病院の産科で看護師として働いていた当時、医師の指示でフィブリノゲンを投与していたことを話してくれました。

投与した人の生の声を聞いたのは初めてでした。当たり前のようにたくさんの人に使われていたことを当事者から聞き、やはりショックでした。

女性が働いていた総合病院は、もちろんフィブリノゲン納入医療機関リストにも載っています。産婦人科は名がうれていて、かなりの人が投与されているはずですが、まだそこから原告は一人も出ていません。患者が気付いていないのか、カルテがないのか。いずれにしろ、病院にとって肝炎問題はやっかいものなのです。

「自分には何も出来ないけれど、応援しています。」彼女はそう言ってくれました。こんな医師や看護師さんがもっと増えると、原告の数も増えるのでしょうが、、、、、。

                   でこぽん

2007年2月26日 (月)

昨日の街頭

昨日の下通りは人でいっぱいでした。

お天気は曇りでしたが、街頭活動のお決まりの場所、アーケードー街は、思ったより暖かでした。熊本の薬害肝炎被害者を支える会のメンバー12人で署名集めとビラ配りをしました。時間はいつも1時間と決めています。久々だったので反応が心配でしたが、署名が約300筆、ビラは500枚。少人数の割には上出来でした。支援の皆さん、日曜日なのにありがとうございました。さっそく昨夜のニュース、今日の朝刊で取り上げてもらいました。

街頭も何回もやっているので自然と役割分担ができています。横断幕やのぼりを持つ人、署名を集める人、ビラを配る人。私はだいたいマイクを持ってしゃべる役目です。昨日は夫と長男を連れていきましたが、予想どうり、二人とも横断幕を持っていました。夫にビラ配りをしない理由を聞いたら、「初めてやった時、みんな逃げて行って受け取ってもらえなかった」そうで、トラウマがあるようです。署名をお願いするのにもコツがあるようで、支援のメンバーにとても上手な人がいます。笑顔で、やってくる人を迎えうつタイプと、断られてもしつこく追いかけて説明するタイプ。知らない人に声をかけるわけですから、私なんていつも緊張してしまいますが、熊本の街頭はチームワークで頑張っています。

           でこぽん

2007年2月25日 (日)

街頭活動

2月25日、1時半より、下通りダイエー前

昨年の判決以来、久しぶりの街頭活動を熊本支援の会で行います。今回は3月14日に計画している集会の宣伝と、署名活動をします。今日のお天気は曇り、寒そうですが、頑張ってきますね。日曜なので、夫と春休みで帰省中の息子も動員します。

                 でこぽん

2007年2月23日 (金)

患者の思い

高齢者見捨てる国の薬害肝炎対策

私はC型肝炎患者ですが、最近の薬害肝炎訴訟の進み方を見ているとある種の矛盾を感じざるを得ません。それはこの訴訟が血液製剤フィブリノゲンの使用が明らかな人、つまりカルテなどの証拠が残っている比較的若い患者を対象としたものであって、60年代、70年代など、証拠も何もない患者は見捨てられていることです。私も30年ほど前に手術、輸血をし、平成10年頃患者であることが判明しました。肉体的にも経済的にも大変苦しい生活を強いられていますが、生きるためには働くことをやめるわけにはいきません。世の中にはC型肝炎で苦しんでいる方がたくさんいます。政府は患者が裁判など起こさなければ、原因究明も救済も何もしてくれないのでしょうか。友人の患者はあと半年の命と宣告されています。あまりにもむごい運命だと思います。熊本市、パート、60

これは19日の地元紙の夕刊に掲載されていたものです。控訴審を終え家に帰り着き、ホットしているときにこの文章を見つけたのですが、かなりショックをうけ、なかなか寝付けませんでした。「投与の証拠がない患者は見捨てられている。」訴訟の道が閉ざされた患者さんの正直な気持ちだと思います。私たちは原告だけの被害回復だけではなく、患者全体の救済を目標にこの裁判を闘っています。しかし、カルテや時間の壁を埋めることは困難で、同じC型肝炎患者でありながら、このような患者さんの声を聞くとつらくなります。

                でこぽん

2007年2月22日 (木)

控訴審

19日の第一回控訴審、傍聴ありがとうございました

初めての高裁、どんな様子かな、と思っていましたが、地裁とあまり変わりませんでした。気付いたことといえば、傍聴券が地裁は画用紙でしたが、今度はコピー用紙でした。法廷は3階が5階になっていました。傍聴券抽選の時、かなりの人、170人くらい並んでいたので職員の対応が大変そうでした。どうでもいいことですが。

相変わらず盛りだくさんの一日でした。前回敗訴したクリスマシンについて絶対勝たなければ、という思いを強くしました。一審ではフィブリノゲンばかりが取り上げられ、クリスマシンについては私もあまりよく理解していませんでした。これから、集会や勉強会でもクリスマシン被害について言及したいと思います。

記者会見の席で、古賀弁護士から次回の意見陳述をするように突然言われたのですが、、、。小林君も指名されていました。まだ確定ではないのでしょうが、心配です。高裁の裁判官は被害を聞くのは初めてだから大丈夫、といわれるのですが、最近は被害を語ることが苦痛になってきました。意見陳述を2回、尋問を1回やっていて、同じようなことはもう話したくないのです。5月21日と、まだ先のことなので、ゆっくり考えればいいことですが。

       でこぽん

2007年2月14日 (水)

すごい病院

すごい、というかまだこんな病院があるのですね。

隣に住む夫の母が、今日胃カメラの検査をすることになり、付き添ってきました。その病院は個人の病院ですが、診療科も多く、母が自分で予約を入れていました。8時半に行くと、かなり混雑していて、内科の待合室に行きました。狭いスペースなのに、そこの風景がすごかったのです。

20人ほどの患者がいたでしょうか。そのうちの6人はあきらかに大腸スコープの検査。その待合室の片隅に下剤入りの大きなペットボトルが並んでいました。先生がやってきて、「さあ、みなさんこれから始めます。タイマーが鳴ったら飲んでくださいね。」そのグループはタイマーがなるといっせいにペットボトルの水を飲み、その後トイレに行くのですが、看護師さんがその都度便の様子をこと細かく聞くのです。2時間くらい続いたでしょうか、そんなもの聞きたくありませんでした。普通は待合室でしないと思うのですが。

また、その待合室で問診や血圧、そして血液採取までしていました。小さい机の上にカルテ、血液検査の道具、のりやペン、いろんなものが置いてありました。もどってきたカルテは置き場所がなくて、そのへんに置いていました。普通なら処置室みたいな場所があるはずなのですが、あまりにもオープンすぎです。聞きたくなくても他人の年齢や病名や血圧や血糖値や、もろもろの症状がわかってしまいました。もちろん先生のお話だけは部屋の中に通されましたが。

母の検査が全部終わるまで4時間くらいず~~っとその待合室にいたのですが、個人情報はどうなっているのでしょうね。プライバシーもあったものじゃありません。あんなことやっていて、間違ったりしないのか心配です。おかげで退屈はしませんでしたが、もう二度と行きたくない病院でした。でも、患者さんも多くて、けっこう繁盛しているらしいです。不思議です。

           でこぽん

2007年2月13日 (火)

遅ればせながら、大分報告

10日、11日と一泊しちゃいました。

大分支援の会発足に立ち会ってきました。提訴した時から大分の皆さんにはいつも支えてもらっていて、ずっと一緒に活動してきたのですが、正式に発足したことで一層心強く感じています。それにしても、薬害エイズ訴訟のときからこんなに長い間活動を続けていけること自体すごいな~、といつも感心しています。10年前の高校生、大学生が社会人となって大分に帰ってきて、また支援のメンバーとして頑張ってくれています。歴史を感じてしまいました。

今回追加提訴された大分出身のクリスマシン原告のご両親もお話しされ、親として、子供を思う気持ちや苦悩が伝わってきました。原告は匿名であっても、そのご両親がお気持ちを語ってくれたことで、高裁では絶対にクリスマシンも勝たなければいけない、と参加者全員が決意したにちがいありません。

自分としては、もう被害も語り飽きた、という感があります。もう3年もしゃべっているのですから。九州原告も50人近くに増えました。それぞれの原告が集会で被害を語れるような雰囲気を支援者や実名原告で作れたらいいですね。

その夜は、支援の会の友人のお家に泊めてもらいました。風邪で具合が悪い中、夜中に帰って迷惑をかけてしまうはめに。ゴメンナサイ。

12日は大分在住の高校時代の友人と、別府まで行くことに。途中にあった「うみたまご」にふらっと入りました。水族館は久しぶりでした。いつも、さかな屋で見かけるようなさかなも多く、「これを食べたらおいしそう」と、まさしく主婦の目線で楽しんできました。

                    でこぽん

2007年2月12日 (月)

薬害肝炎訴訟を支える会・大分が発足しました♪

2月9日、想像した以上にたくさんの方々に参加していただいて、支える会・大分を発足させることがでしました。

P2100038sP2100035s福岡から 古賀弁護士・波多江弁護士、原告の 小林邦丘さん・2番さん、学生の会の村上さん、井上さん

P2100033s熊本から 出田さんや支援の方など、遠方からも駆けつけていただきました。

ビデオ上映や原告団・弁護団からの説明・訴えの後に支える会の活動方針・活動計画・組織体制が一括承認され無事に第一歩を踏み出すことができました。

支援のリレートークでもたくさんの方に発言いただき、最後に大分原告のご両親が提訴に至る経緯や解決に寄せる思いについて語られました。

いよいよ山場を迎える中で、全国と連携して力強く歩んで生きたいと思います。

支える会・大分の体制は世話人(佐藤孝・小野祥美・山崎兼雄)、事務局長(清國寿朗)、事務局次長(安部茂・中島洋・阿南猛・布施覚弘)で取り組んで行きます。(KIYO)

▼地元・大分合同新聞に『全面解決へ“最後の戦い”「薬害肝炎訴訟を支える会・大分」発足』として紹介されています。

http://kiji.i-bunbun.com/read/read.cgi?1171119600=117115565126283=1

2007年2月10日 (土)

大分支援の会

これから大分に行ってきます。

今日正式に、大分で、薬害肝炎訴訟を支える会が発足します。それにあわせて開催中のパネル展も見てきます。大分の皆さんには熊本の活動をいつも応援してもらっています。距離は離れていますが、気持ちはとても近くにあります。個人的にも悩みや愚痴を聞いてもらったりと、迷惑もかけていますが、いつも暖かく迎えてくれて、ちょっと甘えています。

これを機会に九州でも支援の輪が広がり、また新たな原告が出てくれたら。期待は大きいです。

              でこぽん

2007年2月 8日 (木)

福岡

控訴審がいよいよ始まります。

昨日、3時の電車で久しぶりに福岡に行ってきました。期日以外は原告同士集まる機会もないのですが、実名原告を含め、6人が集まりました。今度の追加提訴で九州原告も50人に届く大人数?になり、原告間の情報交換をどうやってはかっていくか、古賀弁護士から提案がありました。また、3月の東京判決に向けての活動などを確認しました。

その後、弁護団会議に参加。意見陳述の準備をやっていました。今回の原告は地裁から数えると3回目の陳述、尋問も入れると4回も被害を訴えることになります。高裁の裁判官は意見陳述を聞くのは初めてですが、こっちはもう何回も法廷に立っているわけで、何をポイントにするか、とても難しいと感じました。

電車の時間があり、9時半に部屋を出ましたが、まだ会議は続いていました。先生方お疲れ様。次回からお菓子を差し入れます。

                でこぽん

2007年2月 7日 (水)

春ですかね

昨日も今日もあったかくて、もう春なんですかね?

今日はこれから福岡に行ってきます。昨日古賀弁護士から呼び出されました。理由はいちおう聞いたのですが、あまりよくわかりません。福岡も久しぶりです。今日は、高裁の意見陳述準備中のえりちゃんや山口さんとも会えそうです。一審判決以来、引きこもっていたので、みんなに刺激をもらってきますね。気ががりなのは、原稿です。ぜんぜん進みません。今も2時間ほどパソコンの前で格闘していたのですが、、、、。催促の電話がないのをいいことに、いまいちせっぱつまっていないのが私のいけないところなのです。

                   でこぽん

2007年2月 6日 (火)

全国一斉追加提訴

原告数が160人に増えました。

九州では10人、私の住む熊本からも2人が追加提訴したようです。昨年の二つの判決で提訴に踏み切った方も多いと思います。100人にも満たなかった原告が少しずつでも増えていくことは訴訟上大きな力になります。

ただ、昨夜のニュースでは、東京の記者会見の様子が流れていましたが、原告の顔も名前も明らかにされていませんでした。今回の一斉提訴ではまだ実名原告はいないようです。原告にもいろいろな考え、立場がある、それは十分理解しています。でも、私たちがC型肝炎に感染していることで差別や偏見をうけているならば、その差別、偏見をなくすためには当事者自身が真実を伝えていくことしかないと考えています。しかし、現実はそう簡単にはいかないようですね。昨日の会見を見てそう感じました。

             でこぽん

2/5に全国一斉追加提訴が行われました

古賀弁護士ブログhttp://lawyer-koga.cocolog-nifty.com/によると

本日の全国一斉提訴の詳細は、東京地裁7名(フィブリノゲン7名)・大阪11名(フィブリノゲン11名)・名古屋4名(フィブリノゲン3名、第9因子1名)・福岡11名(フィブリノゲン7名・クリスマシン4名)の合計33名。
 この全国33名の提訴により、全国の原告数は160名になります。

大分原告もお一人出られたようです。

明日は徳田靖之弁護士の2/10支える会・大分発足に向けての記者会見を予定しています。(KIYO)

2007年2月 5日 (月)

大分でパネル展が始まりました♪

『薬害肝炎パネル展への思い』

封じ込めた思いを解き放ち 言葉にできない思いを言葉にする/費やした苦悩の時間 その歩みによって自分に近い言葉に出会う/原告番号29番と呼ばれる君は/平成18年11月29日/福岡地裁301号室にて/裁判長にこう話しかけた

私は、まだ20歳です。時々、本当なら、仕事をしたり、友達と遊びにいったり、買い物をしたり、彼氏ができたり、もっと いろいろなことがあってもいいんじゃないかな、と思います。 けれど、今の私は、家で横になってばかりの毎日です。横になっていると、ついつい、いろいろな心配事が浮かんできます。

また仕事ができるようになるのかな。いつか好きな人ができたら、「C型肝炎です」と言わないといけないのかな。言ったら、別れることもあるのかな。結婚したくても、相手の家族に反対されるのかな。子どもを産んでもいいのかな。産まれた子どもも肝炎になるのかな。そういったことを考えはじめると、答えがなくて、最後はいつも、「私は、どうしてC型肝炎になったのかな」、「肝炎にならない方法はなかったのかな」というところに行き着いてしまいます。

裁判長。私は、どうしてC型肝炎になったのでしょうか。私が生まれた昭和61年4月、C型肝炎にならずにすむ方法は、なかったのでしょうか。「国も、製薬会社の人も、誰も悪くない」 それは、本当なのでしょうか。エイズやC型肝炎になるような薬が、産まれたばかりの赤ん坊に、次々と投与されました。それなのに、誰も、何も悪くないと言われても、どうしても、理解ができません。

どうしてこんな毎日をすごさなくてはいけないのか、その理由を、ぜひ明らかにしていただきたいです。

私たちは君の言葉に心が痛かった/命の危うさに怯え 人生被害を受け続けている君がどうしたら本当の被害回復が図れるのか その答えを見つけ出すために闘っている/私たちは薬害肝炎訴訟の「全面解決を願い」君と一緒に闘いたいと思った/今度こそ「最後の薬害」にするために一緒に闘いたいと思った/そして「君の未来」を祈ることを絶対に忘れないと思った/私たちは伝えることから始めたい  (KIYO)

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2007年2月 1日 (木)

レディースデイ

水曜は近くのシネコンのレディースデイ

自宅の近くにはシネコン付のショッピングモールが二つあって、昨日は周防監督の「それでもボクはやってない」を観てきました。

痴漢の冤罪事件を描いた裁判もの。内容自体は深刻な問題を取り上げていましたが、裁判シーンがとってもリアルで、笑ってしまいました。

普通に暮らしていて裁判所とは縁もゆかりもない人が、いきなり裁判所デビュー。すべてがはじめての出来事、とまどう様子が私と同じでした。

法廷のマイクの使い方も、さっそく裁判長から指示されていました。あれは拡声機というより、録音機なので、口を近ずけなくてもいいのですね。弁護士が当然のように使っている裁判用語もはじめは意味が理解できません。提訴、控訴、上告など、どれがなんだったっけ?繰り返えされる、「こうだいなんごうしょう」、ってなに?という具合に。裁判長がとても公正でいい人だと思っていたら、なぜかすぐ転勤に。反対尋問のいやらしさ、しつこさも同じでした。

最後に言い渡される判決もリアルで、主人公の言葉が印象的でした。これから観る人もいるので、あえて書きませんが、私も一審の判決後そう思いました。

周防監督は裁判傍聴に200回通ったそうです。150分もあっという間に過ぎてしまいました。 

             でこぽん

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