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2006年9月

2006年9月30日 (土)

明日も福岡

おととい行ったばかりですが、明日(というか、もう日付けが変わって今日)また福岡に行ってきます。

夜中に更新しています。今日は友達とランチに。そろそろ疲れもとれた頃だろうと、ご飯に誘ってくれました。

明日は「九州沖縄医学生のつどい」第一回実行委員会、という勉強会に呼ばれました。そういえば、提訴してすぐロースクールの学生さんの前で話したことがありました。おとといの裁判前集会で今年度司法試験に合格した方がマイクを持ちましたが、その時の学生さんでした。もう2年半程前のことですが、数人が涙を流して私の話を聞いてくれていました。あの時の学生さんが弁護士になるのですね、ちょっと感動しました。

医学生に向けて話す機会は明日で2回目です。これまで、医師に対して不信感しかないので、話が批判的にならないようにしなければいけませんね。でも明日はとても楽しみにしています。

      でこぽん

2006年9月28日 (木)

第二陣期日

一ヶ月ぶりに裁判所に行きました。

判決後初めての期日、一陣の判決を言い渡したばかりの須田裁判長に何を訴えるのか?イメージできませんでした。しかし、、、

三人の弁護士の意見陳述は、一ヶ月前の判決への不満を裁判長にぶちまけているようにも聞こえ、スカットしました。クリスマシン原告の二十歳の大学生は映像とともに陳述。後半では、福田さんの判決後の涙の会見の映像が流され、「なぜ何も悪くない彼女が僕達に謝らなければいけないのか、謝罪すべきは国と三菱です」と訴えました。映像効果は絶大でした。あとで聞いたのですが、進行協議で三菱の代理人が映像を使うことについて文句をいっていたそうです。

終了後の記者会見、私は控訴審への抱負などを話しました。毎回熊本から応援に駆けつけてくれる数人の患者さん、高齢の方もおられます。肝移植をされた浦田さんは、『今日、みんなに会ってまた元気をもらった。」といって帰っていかれました。私もいつまでも落ち込んでいてはいられませんね。

          でこぽん

2006年9月26日 (火)

週末

先週末は久しぶりにゆっくり過ごしました。

日曜日はお天気もよく、久しぶりに夫と買い物。といっても、近所のコーヒー会社がやっている年2回のバーゲンに行きました。豆が安く手に入るので買いだめしておきます。

午後からは近所のママ友達を呼んで、うちでお茶を飲みました。ママ友達という歳でもないんですが、お互いの子供達が同い年で、小学校入学からずっと子供をとうしてのお付き合いです。買ってきたコーヒーを飲みながら、三人でまったりとおしゃべり。4時間過ぎていました。

夜はその日あった”つま恋コンサート”を録画していたので、こちらもまったりと見ていました。拓郎とかぐや姫、31年の歳月を見せ付けられたのは、拓郎がトゲがなくなってまるくなっていたこと。でももう還暦だから仕方ありませんね。

明日はまた福岡に行きます。判決後初めての期日なのでどんな感じかよくわかりませんが、クリスマシン投与の20歳の原告が意見陳述をします。

        でこぽん

2006年9月25日 (月)

テレビを見ましたよ

テレビは見ましたよ。我が家はケーブルテレビなので大分と福岡の民放は見ることが出来ます。いつもなら寝る時間ですが頑張って起きて見ました。でこぽんさんと山口さんが中心でしたね。30分の限られた時間ですが、裁判の闘いを通して、でこぽんさんの闘いぶりや裁判に期待する思い、治療の時期に対する葛藤や山口さんと次男さんのそれぞれの思いについて描かれていたように思います。その期待や葛藤の答えは今回の福岡判決では得られなかった。また次の・・・。そういう感じだったでしょうか?

私はでこぽんさんの思いに触れていたつもりでしたが、でこぽんさんの思いのほんの少ししか理解していなかったような気がします。  

                 (反省の日々ばっかりのKIYO)

スーパーで

判決前後にマスコミにかなり露出したからでしょうか、

最近出かけると見つめられることがあります。けっして自意識過剰ではありません。どこかでお会いしましたか?と尋ねられたことも。先日買い物に行ったお店では話しかけられました。

70歳の女性。5年前に感染がわかった時は血小板値がかなり低く、インターフェロン治療もできず、今は週2回強ミノを打っている、感染は出産の時しか考えられない、とおっしゃっていました。足首にできた内出血のアザを見せてくれました。

訴訟に関する新聞記事は全部切り抜いて、裁判を応援しています、と。

また、先日は地元テレビ局のニュース番組で、「九州訴訟判決後、患者は」というタイトルで、匿名の患者さんの特集があっていました。私のぜんぜん知らない方でした。、自分の感染原因を知るために、ホットラインに相談する勇気を判決にもらった、とおっしゃっていました。その方は最近、母子感染がわかったそうです。

あと10年早かったら訴訟を考えたけれど、還暦を過ぎた今は考えられない、疲れました。とコメントされていました。

患者さんが匿名ではあれ、取材に応じられたことに、とても感動してしまいました。それと同時に、多くの患者さんがこの裁判のなりゆきを見守っている、と実感しました。

     でこぽん

2006年9月23日 (土)

今後の活動

来週は、第二陣原告の意見陳述、そして来月は各地で訴訟説明会が始まります。

ここ10日ほど、ぼ~~っとしているうちにもまわりはどんどん動いていました。エリちゃんや小林君のブログをのぞくかぎりでは元気そうですが、私はなかなか立ち直れません。

国の態度、どんな判決でも自動的に控訴は決まっていた。それを考えると悔しくてたまりません。判決も、原告の声も、初めから聞くつもりのなかった国に失望しています。

提訴のとき、マスコミに「国に対してどんな怒りがありますか?」と聞かれたことがあります。その時は、国というイメージが抽象すぎて答えられませんでした。でも今は、国民をバカにするな、と大声で叫びたい心境です。20年も患者を放置したあげく、二つの司法判断をいとも簡単に無視ができる国。

何度も厚労省に行って、みじめな思いをしました。10日間の東京行動は本当につらいことの連続で、もうやめたい、と、、、、、。

でも、そんな仕打ちをする国に絶対負けたくない、と言う気持ちがやっとムクムクと湧いてきました。かたくなな態度を取り続ける国を変えるには、世論を動かすことしか他にない、ということがよ~くわかりました。

来週の期日からまた仕切りなおしです。

       でこぽん

2006年9月22日 (金)

伝え隊が必要だ♪

携帯でも読める「めるまが」本日発行しました

不定期発行だった「めるまが」を毎週金曜日の12時送付を固定化してお届けすることになりました。今回の思いは、でこぽんさんです。未登録の方は是非登録してください。登録方法は画面左上にあります。

今回の再スタートで12月までの登録者目標を1000名と高い目標にしてみました。12月には東京地裁の判決が控えており、更に関心を高めていくためにはいろいろな伝え方が必要になってくると考えています。この「ブログ」も「めるまが」もそのひとつです。支援者・理解者を増やすことはもちろん大切なことです。しかし今は支援者・理解者を増やしていくためのポイントとなる人が出てくるような取り組みも必要ではないかと思っています。その為にもまず伝えること、それに集中したいと思っています。

めるまが登録者は現在155名だから、1000名と言う数字は12月中旬まで毎日10名ずつ増えていけば達成可能な数字ですが、このままではやはり厳しいですね。それで「募集します」。めるまが読者を増やしてもらえる伝え隊。つまり宣伝隊!。

今日のでこぽんさんのまるまが記事の最後に「世論を動かすこと以外に解決の道はない!」とあります。世論が動くような伝え方をしていきたいです。ご協力をお願いします。(KIYO)

     登録者拡大の為に友人に転送して広めて下さい!

▼登録/全文閲覧http://mini.mag2.com/i/m/M0057465.html

(注意)登録時に自動的に送付される「Weeklyミニまぐ」が不要な方は「Weekly」の配信信中止を→ http://mini.mag2.com/pc/wm/

■お知らせ■9/27(水)午前11時~福岡地裁/二次原告・弁論 

2006年9月17日 (日)

台風

台風がだんだん接近してきます。今風速20メートルとニュースで言っています。

今の家に引越してきて13年になるのですが、怖い目に3回遭いました。その前はなんだかワクワクする気持ちもあったわけです。でも、一度、お向かいの家の瓦が飛んできてリビングのガラスを直撃し、部屋の中がメチャクチャになりました。数分前までそのガラスの近くにいたので、思えばぞっとします。カーポートも壊れて車もあと少しで危なかったことが二回ありました。この台風はその時と進路や規模がよく似ているそうです。

朝から食料の買出し、停電に備えてお風呂に熱いお湯もため、外回りもチエックしました。あとは台風が過ぎていくのを待つだけ。ほんとストレスがたまります。

             でこぽん

2006年9月16日 (土)

疲れもそろそろ

熊本に帰って4日間、外に出る気力もでず、ひたすら疲れが取れるのを待っていました。

今回の判決、東京行動の10日間、心身ともに疲労困憊しました。帰ってから何も考えられず、考えたくなくもなく、ただ元気が戻ってくるのを待っていました。今週、来週と取材依頼がありましたが、、どうしてもまだ取材を受けられる状態ではなくお断りしました。

やっと今日は体の疲れもとれ、気持ちもだんだんと上向いてきました。家に帰ってきて、あらためて子供達がいないこと、犬がいないことを再確認。これまでは判決に向けてつっぱしっていたのであえて考えないようにしていたのです。

これからも続くこの裁判、あと何年かかるのか、自分自身の生活の仕方も考えなければいけません

      でこぽん

2006年9月14日 (木)

いろいろ考えたこと・・・

     期待とのギャップ

大阪で『臆病な判決』が出ても福岡では全面勝訴を勝ち取り一気に全面解決に向かうのではないかという期待を強く抱いていました。いや、絶対に全面解決になると信じていました。8/29の判決前集会は原告・弁護団や福岡支援の方々、そして熊本支援の方々の頑張りによって大成功を収め、その勢いで勇気ある判決を受けるはずでした。

しかし結果は「勝訴」。国の責任が拡大した一方で7人が敗訴するという重苦しい勝訴でした。そして、全国リレー集会と抗議行動・要請行動が繰り広げられる中で厚生労働大臣は面会を拒否、国・厚生労働省は早々と控訴を表明しました。

     何が足りないのか?何が問題なのか?

こうも簡単に、そして私たちをあざ笑うかのように面会拒否、控訴が出来るものなのか?何が足りなかったのかずーっと考えていました。まず川崎二郎氏が政治家としての資質に欠けていた点、そして国民の側に意識が向いていなかった点。これは政治的な不運である。しかしもうすぐ大臣を辞めるのだから、後は三重一区の有権者が彼をどう評価するか見守るしかない。彼は今のままでは国会議員としては失格だ。厳しい審判を下して欲しい。

次に政治家の動きが鈍い。国の責任範囲が拡大しているとはいえ、クリスマシンでは負けているので政治家による完全決着の行動にブレーキが掛かってしまっているのかもしれない。でなければ国の責任に基づくフィブリノゲン製剤の被害者救済・治療体制の確立など声が挙がってもよさそうだが、まだその動きは見えてこない。せめて国・厚生労働省の責任逃れに対する糾弾は大々的に行われてもいいのではないかと思う。

次に国の5地裁の判決を待つ姿勢が問題だ。大阪・福岡ではすでに双方控訴し、あと3地裁では係争中なのだから、少しでも国側に有利な判決がでることを期待しているのかもしれない。しかし、時間稼ぎは彼らの常套手段。熱しやすく冷め易い日本人気質を充分に把握して今騒いでいてもそのうち関心は他に移ると踏んでいるのだろう。

また、厚生労働省が私たちを見ているとしたら、現時点では怖くないと判断しているのではないかと思う。世論の高まりも、国民の怒りが頂点にも達しないと判断していると思える。しかし原告の力強さは認識していると思う。だからこそ接触を頑なに拒むのだ。しかし、結局は支援の力がナメられている、腹が立つが現在は確かにまだ爆発的な支援の発火には至っていない。彼らが恐れるのは「そんなにひどい事をしてきたのか?」「そんなひどい事をしておきながら、まだそんなことをするのか?」「何人の命を奪えば気が済むのか?」という世論ではないかと思う。

■それでも次の判決を期待し、地道な活動が一気に爆発することを願う

P20060909 いずれにしても12月に予定されている東京判決を期待したい。そして3年4年と訴えてきた原告・弁護団、連携して闘ってきた5都市をはじめとする支援の動きが、ゆるやかに拡大を続けていると思われる関心から一気に世論の高まりへの火種となって発火、爆発することを願っている。

 私たちは被害の実態と国や厚生労働省の悪態を訴え続け支援をお願いするしかないと思う。訴訟では薬害HIVでは引火まで6年7年、ハンセン病では2年3年の歳月が掛かっている。もう充分に引火してもいいくらいの原告をはじめとする命をかけた訴えが行われているのだから、これまでの闘いもこれからの闘いも無駄にさせてはならないと思う。今できるとは、伝えていくこと、それを諦めずに続けて行きたいと思う。(KIYO)

2006年9月13日 (水)

原告控訴

9月12日、原告も控訴しました。

昨日三菱も控訴したらしいです。第一陣18人全員ではなく、一人の方は控訴されませんでした。病状が思わしくなく、治療を優先させたいとのことです。その方の意見陳述、本人尋問、いずれも傍聴しました。病気が進行しているにもかかわらず、淡々として被害を語っておられました。この裁判の行方を見届けたい、と証言されたように期日には必ずご主人と傍聴されていました。感染時期が早い人ほど進行しているのに、まったなしで救済が必要なのに判決はこの方の請求を棄却しました。

今どんなお気持ちですごされているのかと思うと、いたたまれません。一日も早く治療体制が整うよう、また控訴審で訴えていくことしか彼女のために私にできることはありません。

             でこぽん

2006年9月12日 (火)

東京行動

約10日間の東京行動も終わり、やっと家に帰って来ました。

おとといの最終便で熊本に帰り着きました。大阪判決でだいたいわかっていたものの、やはり判決後はかなり厳しいスケジュールでした。さすがにだれとも話したくなく、引きこもり状態です。

9月6日   空港で毎日新聞の取材を受け大阪へ。三菱への抗議行動。雨の中多くの支援者と一緒に早期解決を訴えました。その後リレー集会に参加しました。大阪の原告さんが、ぞくぞくと被害を語る姿に感動。これまではいつも実名原告だけでしたから。

9月8日   厚労省前で直訴行動。大臣への面会要請書さえ受け取ろうとしない厚労省、原告、弁護団50人程で押しかけました。事前のうわさでは、かなり過激なのかな?と想像していましたが、やっと出てきた役人は、「係争中なので会えない」の一言でさっさと建物の中に。何をやってもはなから聞く耳を持たない国にバカヤローと叫びたかった。撤収する時、悔しくて悔しくてみじめでした。その後、会見中に国控訴の一報が届きました。

9月9日   日比谷公会堂でリレー集会ファイナル。東京原告が壇上で被害を語りました。2000枚のハンカチをつなぎ、最後はハンカチ伝道師、中山弁護士のパフォーマンスで盛り上がりました。その後都心へパレード。一時間歩くのはかなりこたえましたが、都心を歩くことでかなりアピールできました。

9月10日  お昼にお茶の水駅前でビラ配り。気温34度。熊本かと間違うくらいの蒸し暑さのなか一時間。終了後、原告弁護団会議。今後の闘い方などを確認。ぎりぎりで最終便に飛び乗りました。

だいたいこんな感じの5日間でした。感想はまた書きます。ゆっくり休みたいです。

          でこぽん

2006年9月 7日 (木)

お知らせ

9月9日(土)

「薬害肝炎 全国リレー集会 ファイナル!」

  13時~15時30分 集会(日比谷公会堂)
  16時~ パレード(日比谷公園~銀座)
  

日比谷公会堂(東京都千代田区日比谷公園1-3)

2006年9月 6日 (水)

リレー集会へ

大阪、東京へ行ってきます。

数日前に帰ってきたのに、また出かけます。今日大阪で、三菱への要請行動、そしてリレー集会。ハンカチを結んできます。翌日は東京、また厚労省前でいろいろ予定されています。9日は最後のリレー集会、各地からどのくらいハンカチが集まっているか、楽しみです。聞くところによると、有名人のハンカチを東京の学生の会はたくさん集めているということです。

その前に空港で新聞社の取材もありました。落ち込む暇も無く予定はどんどん入ってきます。元気をもらって帰ってきます。

           でこぽん

2006年9月 5日 (火)

判決からもう一週間

判決後、一日一日と悔しさが増してきました。

勝訴、国の責任が認められたことは大きな前進。と判決後コメントしてきました。自分自身は勝訴していますが、日がたつにつれ頭にきています。

判決前精一杯のことをやりました。自分に出来ることは全部やりました。提訴以来、ずっとマイペースで活動してきました。しかし、熊本に支援の会が出来てから、支援の方と一緒に頑張ってきました。大きなことはできませんが、コツコツと支援の輪を広げながら世論に訴えてきました。こんなに頑張ったのに一部負けてしまって、今悔しくてたまりません。

また、川崎大臣のあまりにも早い控訴発言にも深く傷つきました。病気を抱えながら裁判を闘ってきた私達原告の苦しみを、はなから理解しようともしない態度に絶望しました。

国って強いんですね。裁判所の判断さえも容易に無視しようとしています。国の前には私達原告はアリみたいに小さな小さな存在でしかないんでしょうね。それでも団結すればなんとかなると信じてやってきましたが、大きな国を動かすにはまだまだ力が足りませんでした。

私達原告は皆、裁判を早く終わらせて一刻も早く治療に専念したい、病気を治したい、それだけを望んでいます。

               でこぽん

判決

「勝訴判決にも笑顔なし」 地元の熊本日日新聞の見出しです。

実名原告4人が勝訴の旗を持っている写真が載っています。本当に誰も笑っておらず、深刻な顔をしています。判決からもう1週間経とうとしていますが、まだ気持ちの切り替えがなかなかできないでいます。全面勝訴できなかったことと、その後東京であまりにも早い国の控訴発言。東京行動もそのせいでいまいち盛り上がらず、いったん帰ってきました。

おとといは福岡で訴訟説明会。少しお手伝いしました。自分が初めてホットラインに電話した時のことを思い出し、全部の方が投与記録が手に入るようにと、願わずにはいられませんでした。

今日は以前出演したFM熊本に波多江弁護士と収録に行ってきました。これで4回目です。今回は主に波多江先生のしゃべりがメインでした。さっそく夕方オンエアーされましたが、ばっちりでした。

あさってから大阪、翌日はまた上京します。一日も早い解決を本当に望んでいましたが、やはりそうはいかないようです。落ち着いたら治療にチャレンジしようと思っていましたが、それも先延ばしになりそうです。裁判というものがどんなに大変か、いまかみしめています。前を向くべきなのですが、今はまだ難しいです。少し疲れが癒えたら心も元気になるでしょう。

愚痴っぽい  でこぽん  でした。

2006年9月 4日 (月)

被告の関係者への抗議行動にご協力を!

被害者の声をまったく聞かずに控訴方針を言い出した
川崎厚生労働大臣らに抗議メール・抗議の手紙を送ろう!!!

<呼びかけ人>薬害肝炎九州訴訟を支える会

<呼びかけ>
8月30日,福岡の裁判所は,C型肝炎問題について,国・製薬企業の責任を認めました。
大阪に続き、福岡でも明確に国の責任が認められたのです。
しかし,川崎厚生労働大臣は,わずか2日で、「控訴する意向」を表明しました。
川崎厚生労働大臣は、官僚の説明だけを聞き、十分に検討をせずに、控訴の方針を決めたのです。
原告の声を聞くこともなく、面談要請書を受け取ることすら拒否しています。
国民を守るはずの厚生労働省が、20年以上もの間,原告らの薬害肝炎被害を放置し続けた上に、これ以上裁判
を長引かせて、苦しめ続けることが許されるのでしょうか?
そこで,川崎厚生労働大臣をはじめ厚生労働省,首相官邸に以下の趣旨のメール・手紙を送ることを,皆さんに
呼びかけます。

<文案>
  突然のお手紙、失礼致します。私は、○○の○○と申します。
 8月30日、福岡地方裁判所で、C型肝炎に関して旧厚生省の責任を厳しく断罪した判決が言い渡されました

既に、6月16日のB型肝炎訴訟についての最高裁判決、6月21日のC型肝炎の大阪地方裁判所判決において、
国の責任が断罪されています。国の責任は明らかです。
 しかし、厚生労働大臣は、9月1日には控訴方針を表明されました。
 これは、これまで20年以上被害を放置した上に、さらに裁判を長期化させ、被害者を苦しめ続けることに他
なりません。
 厚生労働大臣は、直ちに控訴方針を撤回してください。
そして、薬害肝炎被害者と会って,謝罪し,被害の声をきちんと聞いてください。
 日本にいる350万人ともいわれるウイルス性炎患者のための、恒久対策の協
議の場を設けてください。

<宛先>
●メール
・厚生労働大臣川崎二郎  → info@kawasaki-jiro.ne.jp
・厚生労働省「ご意見募集」→ https://www-secure.mhlw.go.jp/getmail/getmail.html
・首相官邸「ご意見募集」 → http://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken.html
●手紙
・100-0013 千代田区霞ヶ関1-2-2 中央合同庁舎5号館 厚生労働省
厚生労働大臣 川崎二郎 殿
・100-0014 千代田区永田町2-3-1 首相官邸 
内閣総理大臣 小泉純一郎 殿

2006年9月 1日 (金)

ただいま

29日の前夜集会、そして判決、東京行動(まだ半分ですが、)を終えて、さっきいったん家に帰りました。

明日まで東京にいるつもりでしたが、疲れがただものではなく、帰ってきました。

判決は勝訴、原告全員が救済される完全勝訴ではありませんでした。個人的には残念ですが、被告の責任が大阪判決に続いて認められたことは大きな意義があります。これからまだまだ闘いは続きます。

明日はまた福岡行きです。判決前後のことはまた帰ってから更新していきます。今日はとにかく早く休みます。

         でこぽん

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