2008年7月21日 (月)

東京での二日間

東京もやっと梅雨明けしたようです

暑かったですが、夕方は涼しいし、湿度もそれほどでもないので耐えられます。熊本の蒸し暑さに比べれば。

19日のお昼にエリちゃんと愛宕山の青松寺へ。お寺の両側には森タワーがそびえ、まさに都会のど真ん中ですが、山門の四天王像を見ながら門をくぐり境内を歩いていくうちになんだか別世界へ。

フジテレビの箕輪さんや宗教学者の久保山さんとお昼ご飯をいただきながら、青松寺の佐々木さんと打ち合わせ。青松寺は宗派を超えてさまざまな活動をされており、この「仏教リフレッシュ塾」もそのなかの一つです。

エリちゃんとじゃんけんして負けたので私が最初にお話することに。持ち時間はひとり40分。その後、箕輪さんのするどい解説があり(テレビと一緒でした)、最後はデイスカッション。なぜ私達が病気をかかえながら困難な訴訟を闘ったのか、なぜ線引きのない一律救済を求めたのか、死を意識した時の心情、などについて箕輪さんの質問に答えていきました。最後は会場から熱心な質問や激励の言葉をいただきました。

会場は修行中の僧侶や檀家の方、一般の方で満席でした。3時間半の時間もあっという間に過ぎていき、とてもいい時間を共有することができました。やはりお寺は心が落ち着きます。

青松寺の建物は新しく、近代的でした。時間があれば全部の建物を案内していただきたかったのですが、今回は観音聖堂を見せていただきました。観音様は必見です。奈良のセント君をデザインされた薮内佐斗司さんの作品もたくさんあり驚きました。(エリちゃんのブログに、こぼすなくん、がアップされています。)

「今度上京するときはまたおまいりさせてください。」といって青松寺をあとにしました。せっかくのご縁ですから、「次は座禅をやってみよう。」とえりちゃんと話しています。

翌日は調布の慈恵医大まで行ってきました。その日長男がサッカーの遠征で松本から東京に来ていることを大学のHPでキャッチ、本人に場所と時間を聞いたのですが、「わざわざ来なくていい」とひとこと。たしかに24歳にもなった息子にしてみれば迷惑なはなしですが。

会うのは1年ぶり、炎天下でサッカーをしていました。体育会のサッカー部なので本気でやっていました。この暑さの中ご苦労なことだと、木の陰に隠れて観ていました。24にもなってそんなにやらなくても、といいたくなりましたが止めました。小学3年からずっとやっているのでよっぽど好きなのでしょう。80分間ずっと走り続けていました。その日の息子は汗まみれ、泥まみれ、怪我だらけ。とても元気で、それが一番なにより。

私はそんな息子に元気をもらって熊本に帰りました。3人の息子の中では長男は癒し系なのです。

          でこぽん

          

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2008年7月18日 (金)

今日は満月

久しぶりに月を見ました

今日の午前中は13日の会議の議事録を頑張って作りました。

大臣協議が8月1日に決まったので午後は航空券とホテルの予約に行き、その後高校時代の友人二人とご飯を食べました。会うのは1年ぶり。二人ともしばらく会わないうちにふっくらしていました。当然ダイエットの話に。コアリズムが今一番人気らしい。私は昨年東京に通っている間に体重がどんどん落ちていき、いまだに戻らない。最近また少しやせてしまいました。二人にはさんざんうらやましがられましたが、治療を始めてこれ以上やせてしまったらあまりにも貧弱。たくさん食べて ヘモグロビンを増やし、今のうちに少しでも体重をもどしておかないと体力がもちません。

家に帰る途中満月がきれいでした。雨が多かったので月を見るのは久しぶり、帰ってからベランダで月光浴をしました。形を変える月を眺めるのが好きです。飽きません。

             でこぽん

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2008年7月17日 (木)

お寺で講演会

青松寺、仏教リフレッシュ塾

19日にえりちゃんと行ってきます。ニュースジャパンの箕輪解説委員とのご縁で呼んでいただきました。

趣旨は「今日私達は、世に蔓延するさまざまな苦悩、矛盾に耳を傾け、それらに寄り添い、共感する感性を失いかけてはいないでしょうか。いかんともしがたい苦悩との直面を強いられ、なお力強く生きておられる方々の語る人との出会い、宗教との出会いに触れ、私達一人一人の生き方を考えていきたい」(青松寺事務局)

薬害の被害者になったことはもちろんですが、苦悩に直面することが多い人生のような気がします。そのたびに呆然と立ち止まり、どう生きたらいいのかいつも悩んでいます。この訴訟を闘ったことで強く生きているように思われていますが、力強い生き方にはほど遠く、乗り越えるための強くてしなやかな心が欲しいと願っています。

今回が2回目で、初回は拉致被害者家族の横田夫妻だったそうです。横田夫妻の次というのも緊張しますが。

青松寺は、東京都港区愛宕にある曹洞宗の寺院です。境内にはたくさんの仏像や座禅場もあり、こころが安らげそうです。楽しみにしています。

         でこぽん

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2008年7月14日 (月)

全国弁原会議

13日、福岡で開かれました。

おもに企業和解と大臣協議について話し合いました。田辺三菱は原告が提示した最終基本合意書案を受け入れる意向を示したそうです。約3ヶ月間、最終基本合意書案をまとめ、大阪での抗議行動を提起したりと、本当に大変でした。やめたいと思うこともありましたが、なんとか原告案を通すことができそうで少しほっとしています。しかし、まだまだ課題は残されており、また私はこの企業をまったく信用していないので、原告全員の和解が成立するまでは油断できません。

5年間の闘いで、代理人を通じて見てきた被告企業の態度はひどいものでした。現在も、そしてこれからも病を背負って生きていかなければならない患者の苦しみ、そして失われた命のことを考えると、たとえ訴訟が終結したとしてもやりきれない気持ちになります。

        でこぽん

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2008年7月13日 (日)

田辺三菱からの回答

まだ合意しないのか?

6月23日に最終基本合意書案を田辺三菱に提示、被告からは翌週回答するという返事でした。しかし、弁護団からはまだ何も聞いていません。弁護士に経過を尋ねればわかることですが、連絡がないのは良い結果ではないとだいたい予想がつきます。回答を延期しているのか、それとも基本合意書案に合意できないということなのか。明日の全国原弁会議で明らかになるでしょうが。

直接交渉では「一日も早く合意できるよう誠意を持って対応したい」という言葉、そして翌日の株主総会でも同じ言葉で株主を納得させています。マスコミも、すぐにでも合意か、という論調でした。しかし、対応した代理人や企業担当者からはまったく誠実さはうかがえず、ふてぶてしい態度。直接交渉とは名ばかり、というのが正直な感想でした。

いまだに何一つ被害者に対して対応していない田辺三菱、企業倫理のひとかけらも感じ取ることができません。この企業にあるのは利益追求のみ。

みどり十字、三菱ウエルファーマ、田辺三菱へと、次から次へ名前を変えたとしても犯した罪は消えません。私達が知っています。私達はもはや失った時間は取り戻せないし、健康な体も取り戻せません。ならば、せめて犯した罪を心から反省し、被害者に心から謝罪するところからはじめなければ被告企業としての責任を果たすことにはならないと思います。

             でこぽん

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2008年7月10日 (木)

小崎さんのこと

一日も早い対策を

昨日熊本支援の会メンバーの小崎さんから電話をいただきました。彼女は肝臓ガンの患者さんです。

訴訟中は体調のすぐれないなか福岡まで毎回足を運んで裁判を傍聴され、昨年6月の官邸前行動にも参加されました。熊本でも街頭活動や集会などいつも私と一緒でした。先月は地元テレビ局のニュース番組に肝癌患者として実名で登場、肝炎問題の解決を訴えられています。また、厚生労働省や田辺三菱に何度も抗議の電話をかけ、まさに闘う患者です。

彼女はカルテがなく訴訟の道は閉ざされていますが、思いは私と同じ。私とずっと一緒に闘ってきました。すでに数回の手術を経験、「今度また手術といわれても、、、、、」と落胆されています。国に対しては、「肝ガン患者は見捨てられている」とも。

悲しくなります。命を削って訴えている患者さんがいるのです。

時間と闘っている患者さんの苦しみや不安はどれほどのものかはかりしれません。国との基本合意に従い、恒久対策についての協議が続いていますが、急がなければ今本当に苦しんでいる患者さんを助けることはできません。

重症の肝硬変、肝癌の医療体制こそ国は一日でも早く整える責任があります。小崎さんが安心して治療に専念できるよう願ってやみません。

       でこぽん

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2008年7月 2日 (水)

医療機関名公表

第八、第九因子製剤納入の1825医療機関

今回は非加熱と加熱のいずれかの第八、第九因子製剤を扱った医療機関のリスト。非加熱については前回1月に666施設を公表しており、今回はウイルスの不活性化が不十分とみられる加熱製剤を投与した可能性のある1159施設を新たに加えています。今頃になってまた新しい事実が出てきます。遅い。

厚労省の血液対策課では「肝炎感染のリスクがあり、念のためウイルス検査を受けてほしい」と呼びかけています。医療機関公表による検査の呼びかけさえも数年前まで国は拒否していたことを考えれば大きな前進ですが、これが治療に結びつかなければ意味がありません。

私の知人は1月の医療機関公表で自分の出産病院を見つけてその日にウイルス検査を受けました。結果は陽性。検査をした保健所からは肝臓専門医のいる病院のリストを渡され、一日も早い受診をすすめられたそうです。すぐ医療記録の開示請求をしましたがフィブリノゲンの記載はなく、輸血ではないかということでした。数日前に久しぶりに連絡してみましたがまだ病院には行っておらず、何もしていないということでした。

自覚症状がないままいきなりC型肝炎を宣告されても、すぐには受け入れられない気持ちはよくわかります。急性肝炎を発症した私でもこの病気を受け入れるのには何年もかかりましたし、いまだに根本治療をしていません。医療行為で感染した患者の戸惑いや怒り、そして肝炎の重篤性を考えれば、せめて安心して治療を受けられる体制をととのえるのが国の責任であるのに、現状では不安ばかり。もっと手厚い施策でなければ副作用が厳しく高額のインターフェロン治療には二の足を踏んでしまうのが現状です。

        でこぽん

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2008年7月 1日 (火)

7月1日

今日は双子の息子たちの誕生日

今朝目が覚めた瞬間、久しぶりにいいお天気なのを察知,うれしくなりました。

息子達は21歳になりました。進学で家を出て3年目。最近はめったに熊本に帰ってこないのであまり様子がわからず心配ですが、少しは大人になってくれたでしょうか。夏休みには長男と3男は帰省するようですが、2男は帰らないようです。3人がそろうことはなくなり寂しくなりました。

今朝は久しぶりにチーズケーキを焼きました。まだ家中いい匂いがしています。ワンボールで材料を混ぜオーブンに入れるだけ。おおざっぱな私にも簡単に作れ、しかもかなりおいしいので以前はよく焼いていました。夕方KKTの取材があるので、子供達の誕生日のお祝いに一緒に食べてもらおうと思っています。

昨年7月1日のブログにこう書きました。「来年のこの日にはすべて解決していることを信じて頑張りたい」自分の被害を乗り越えたいと闘ってきました。まだまだ課題は残されていますが、一応の結果は残すことができ、心の重荷が少しは軽くなりました。

私もまた感染して今日で21年になりました。いつもは考えないようにしていますが、この日が来ると感染した時のことや闘病生活のことがよみがえってきます。あれから本当に長い長い時間が過ぎてしまいましたが、「来年にはC型肝炎と決別できるよう努力したい」と考えています。

              でこぽん

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2008年6月26日 (木)

大阪の報告 

本当に合意できるのか?

22日は早起きして新幹線で大阪へ。午後からの全国原弁会議には各地から80名程の原告が集まりました。

企業に提出する最終基本合意書案にむけての話し合い。4月に企業からの基本合意書案を初めて弁護団から提示されたときは絶句してしまいました。20年以上も放置していたため、1万人分のカルテが失われた事実、418リストの被害情報を隠蔽していたため病状悪化させた事実。企業がこれらの事実についての責任を認めないまま、反省のない謝罪をしても、その謝罪を受けることは絶対にできないと思っていました。特に、1万人分の失われたカルテについては、薬害であることが立証できず救済の対象にならない多くの患者さんのことを考えると、どうしてもここだけは譲れないという思いがありました。

国と先に和解成立していたこと、また原告団の疲労もあり、企業和解に対してはさまざまな意見がありましたが、2ヶ月間話し合ってきた結果やっと最終案をまとめることができました。

翌日は午後から小雨の降るなか、淀屋橋前で街頭活動。1500枚のビラを配りました。その後中ノ島公園から田辺三菱本社まで、原告弁護団、支援、合わせて150人がシュプレヒコールをあげながらパレードしました。大阪では3回目のパレードで、過去2回は企業は何の反応も示しませんでしたが、今回初めて原告7人と弁護士2人が社屋に入り、直接交渉することができました。

田辺三菱側は担当社員1人と代理人4人が対応。私達はそれぞれの思いを一人ずつ述べましたが、相手側の対応には誠実さは感じ取れませんでした。法廷でもずっと企業の態度には憤慨していましたが、ここにきてもなお真摯な対応を示さない田辺三菱に不信感が募りました。

来週中には企業側から今回提出した基本合意書案についての解答が出されます。これが最後です。

             でこぽん

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2008年6月22日 (日)

被告製薬企業への抗議

明日から大阪です。

いまだに和解にいたっていない製薬企業へ抗議の行動を23日に起こすことになりました。和解協議がずっと続いていましたが、私達が望む和解案と田辺三菱製薬が示す和解案は隔たりがありすぎます。

私はこの企業が製造し、販売したわずか2グラムの血液製剤によって肝炎に感染し、21年間病気を抱え苦しんできました。これからも病気の進行におびえながら、完治するためにはつらい治療に向き合わなければなりません。

それでもまだ私は生きています。まだ治療という選択が残されています。最低1万人といわれる薬害被害者の中には、自分がなぜ肝炎に感染したのか、その理由さえ知らずに無念のうちに亡くなった人、病状が進行して有効な治療法が見つからない人がたくさんいます。

フィブリノゲンとクリスマシンがどれだけ多くの命を奪い、患者と家族に困難な人生を強いてきたか。その責任の重さを被告企業はもっと認識するべきです。そして心から反省し、被害者に謝罪するべきです。私達は反省のない謝罪は受けるつもりはありません。

                 でこぽん

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